大使の仕事は「ガーデニング」
沢田 貞昭(元在カナダ特命全権大使)
2010年8月号公開
---中国大使に民間人が選ばれました。
沼田 大使とは駐在国における「日本の顔」。大きな仕事は、相手国に日本のことを知ってもらい、相手国の事情を本国に伝えることだ。そのために、現地にできる限り浸透し、コミュニケーションを図ることが必要。この面で、職業外交官と民間人に違いはあまりない。しかも、外務省は丹羽大使をサポートするために、優秀なスタッフをつけるようだ。通常の実務面で齟齬が生じるようなことにはならないだろう。
---在外大使とはどのような役割を担うものですか。
沼田 相手国と日本の板挟みになることが多い。それは日本への報告の際に、相手国側の事情を理解しなくてはならないからだ。私は、9・11事件当時にパキスタンの大使をしていたが、その際にはなぜ隣国アフガニスタンではタリバンがアルカーイダを匿い、パキスタンもそれに加担しているかを正確に把握していなければ情報を本国に送れない。歴史、文化的背景や、地政学や安全保障など多角的な理解が必要だ。
---必要な能力、素養はなんですか。
沼田 言語力とコミュニケーション能力に尽きる。古くギリシャの雄弁家は「大使は軍も要塞も持たない。持つのは言葉と機会だけだ」と説いた。外交官は軍人でも商人でもないということで、これは現在でもほとんど変わらない。様々な機会にあらゆる階層の人と交わり、情報を得て発信することが必要。大使の発言は極めて重く、的確に言葉を選び、ディベートする能力が重要だ。そうした訓練を外務省は行っているが、まだ不足していると思う。
---具体的にはどのように日々活動するのですか。
沼田 意外に重要度が高いのは、大使公邸におけるパーティ。あらゆる機会に人を招き、懇談する場所を提供する。招待客は日本大使公邸に来ることを喜び、そこで壓がりが生まれネットワークを構築できる。ホテルの支配人のような「公邸管理人」という側面を持つ。大使とその妻はホスト、ホステスの役割を常に求められる。ほかにも、私は駐英公使時代、現地のメディアへ多く露出し、「日本の声」を伝えた。重要メディア幹部との会食を持ち、日本への理解を深めてもらうことも大切だ。
---駐在国によって大使の役割に違いはありますか。
沼田 もちろん、日本との関係が微妙な国や、その国自体が不安定な場合は違う。極端にいえば有事への対応が必要になる。邦人保護はもちろん、的確に情報を処理し、本国に伝えなければならない。相手国のどこに情報を求めればいいか、さらに日本の政治状況を理解して、どこにどのような報告を上げれば一番的確かを判断しなくてはならない。これは少なくとも日本では職業外交官しか担えない役割だろう。
---つまり、重要国にはやはり職業外交官の大使が必要ということ。
沼田 日本にとっての最重要国の米国を見ればわかりやすい。駐米大使を長く務めた加藤良三氏はアライアンス・マネジメント(同盟維持)は「ガーデニング」のようなものだと語った。まめに水をやり、メンテナンスを続けるという意味で「庭師」のような地道な作業が必要になる。現在のように、同盟関係が揺らいでいるときには特にそうだ。地道に種をまき、それを収穫することができる「庭師」のような役割を担う人物が大使として求められる。
〈インタビュアー 編集部〉
沼田 貞昭(元在カナダ特命全権大使)
1943年兵庫県生まれ。66年東京大学法学部卒業、外務省入省。在米大使館安全保障担当、本省北米第一課長などを歴任後、94年に在英特命全権公使。その後2000年からパキスタン、04年からカナダの特命全権大使を歴任し、07年に退官。
沼田 大使とは駐在国における「日本の顔」。大きな仕事は、相手国に日本のことを知ってもらい、相手国の事情を本国に伝えることだ。そのために、現地にできる限り浸透し、コミュニケーションを図ることが必要。この面で、職業外交官と民間人に違いはあまりない。しかも、外務省は丹羽大使をサポートするために、優秀なスタッフをつけるようだ。通常の実務面で齟齬が生じるようなことにはならないだろう。
---在外大使とはどのような役割を担うものですか。
沼田 相手国と日本の板挟みになることが多い。それは日本への報告の際に、相手国側の事情を理解しなくてはならないからだ。私は、9・11事件当時にパキスタンの大使をしていたが、その際にはなぜ隣国アフガニスタンではタリバンがアルカーイダを匿い、パキスタンもそれに加担しているかを正確に把握していなければ情報を本国に送れない。歴史、文化的背景や、地政学や安全保障など多角的な理解が必要だ。
---必要な能力、素養はなんですか。
沼田 言語力とコミュニケーション能力に尽きる。古くギリシャの雄弁家は「大使は軍も要塞も持たない。持つのは言葉と機会だけだ」と説いた。外交官は軍人でも商人でもないということで、これは現在でもほとんど変わらない。様々な機会にあらゆる階層の人と交わり、情報を得て発信することが必要。大使の発言は極めて重く、的確に言葉を選び、ディベートする能力が重要だ。そうした訓練を外務省は行っているが、まだ不足していると思う。
---具体的にはどのように日々活動するのですか。
沼田 意外に重要度が高いのは、大使公邸におけるパーティ。あらゆる機会に人を招き、懇談する場所を提供する。招待客は日本大使公邸に来ることを喜び、そこで壓がりが生まれネットワークを構築できる。ホテルの支配人のような「公邸管理人」という側面を持つ。大使とその妻はホスト、ホステスの役割を常に求められる。ほかにも、私は駐英公使時代、現地のメディアへ多く露出し、「日本の声」を伝えた。重要メディア幹部との会食を持ち、日本への理解を深めてもらうことも大切だ。
---駐在国によって大使の役割に違いはありますか。
沼田 もちろん、日本との関係が微妙な国や、その国自体が不安定な場合は違う。極端にいえば有事への対応が必要になる。邦人保護はもちろん、的確に情報を処理し、本国に伝えなければならない。相手国のどこに情報を求めればいいか、さらに日本の政治状況を理解して、どこにどのような報告を上げれば一番的確かを判断しなくてはならない。これは少なくとも日本では職業外交官しか担えない役割だろう。
---つまり、重要国にはやはり職業外交官の大使が必要ということ。
沼田 日本にとっての最重要国の米国を見ればわかりやすい。駐米大使を長く務めた加藤良三氏はアライアンス・マネジメント(同盟維持)は「ガーデニング」のようなものだと語った。まめに水をやり、メンテナンスを続けるという意味で「庭師」のような地道な作業が必要になる。現在のように、同盟関係が揺らいでいるときには特にそうだ。地道に種をまき、それを収穫することができる「庭師」のような役割を担う人物が大使として求められる。
〈インタビュアー 編集部〉
沼田 貞昭(元在カナダ特命全権大使)
1943年兵庫県生まれ。66年東京大学法学部卒業、外務省入省。在米大使館安全保障担当、本省北米第一課長などを歴任後、94年に在英特命全権公使。その後2000年からパキスタン、04年からカナダの特命全権大使を歴任し、07年に退官。
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