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連載

むかし女ありけり 連載119

帰郷
福本 邦雄

2010年7月号

海越えて遠く来ませる君のため鳴門みかんをもぐ雨の中 川端千枝


 瀬戸内海に浮かぶ一番大きな島・淡路島。その東岸にある洲本市郊外の大野村に昭和三十六(一九六一)年、当地出身の歌人・川端千枝の歌碑が建立され、その除幕式が行われた。冒頭に掲げた歌が、千枝の遺児・加寿によって選ばれ、碑に刻まれている。千枝が世を去って三十年がたっていた。この地で歌にめざめ新しい人生の扉を開けた千枝は、さらなる自由を求めて上京した。戻るつもりはなく、生き直すような気持ちでこの地を後にした千枝の、四十三年ぶりの帰郷であった。
 川端千枝の生地は淡路島ではない。明治二十(一八八七)年八月、神戸で生まれている。父は神戸又新日報の副社長をしていた炬口又郎、次女である千枝はその地で女学校を出、十九歳の時親戚を頼って淡路に渡ってきた。千枝の母は美貌でならした女性だったが、千枝ら五人の子供を残して夭死し、千枝は小学生の頃からはじめは男手ひとつ、次いでなさぬ仲の、茶の湯の先生をしていた新しい母に厳しく育てられた。この人との折り合いが悪かったのも、神戸を離れた理由のひとつであったろう。淡・・・