あるコスモポリタンの憂国 連載42
インド人のまなざしと"ミストレス"
紺野 大介(清華大学招聘教授)
2010年7月号
インド経済の拠点ムンバイ(旧ボンベイ)の鉄道駅終点ビクトリアCSTの近くだった。フォート地区のマハトマ・ガンジー道路に差し掛かった時である。広い道路の少し段のある中央分離帯上に、白い無縫衣を身体に巻き着けたインド人が昼日中二列で寝ている。その長さ百m以上。初めはそれが人間なのか俄かには信じ難い風景であった。その両脇を車がゆっくりとしたスピードで走っている。
浮浪の者なのだろうか? 思案している内に、今度はコブのついた白い牛(セブ牛)が二頭、道路を横切り出した。車はスピードを落とし、或いは止まる。彼等はそこをゆっくりとした足取りで横切った。分離帯のインド人は泰然と寝ている。セブ牛は悠然と人間を跨いだのである。セブ牛は道路を渡りきると近くの水溜りで水を飲んだ。そこにはやがては土に戻るという思念からか泥で頭を洗髪している数名のインド人。十五年程前、初めてインドへ行った時の強烈な光景であった。
写真家の藤原新也氏が、以前ガンジス川に水葬され、浜に打ち上げられた人間の死体を犬が食べる写真を発表し、「人間は犬に喰われるほど自由だ」といった氏の自然観と芸術家の骨太の感性が印・・・
浮浪の者なのだろうか? 思案している内に、今度はコブのついた白い牛(セブ牛)が二頭、道路を横切り出した。車はスピードを落とし、或いは止まる。彼等はそこをゆっくりとした足取りで横切った。分離帯のインド人は泰然と寝ている。セブ牛は悠然と人間を跨いだのである。セブ牛は道路を渡りきると近くの水溜りで水を飲んだ。そこにはやがては土に戻るという思念からか泥で頭を洗髪している数名のインド人。十五年程前、初めてインドへ行った時の強烈な光景であった。
写真家の藤原新也氏が、以前ガンジス川に水葬され、浜に打ち上げられた人間の死体を犬が食べる写真を発表し、「人間は犬に喰われるほど自由だ」といった氏の自然観と芸術家の骨太の感性が印・・・