頻繁な首相交代劇で失ったもの
リチャード・カッツ(日米関係研究家)
2010年7月号公開
---この四年で五人目、日本の首相がコロコロ変わる状況をどうみますか。
カッツ 世界は日本に幻滅しかかっていると言ってもいい。経済は停滞し、株式市場は乱高下を繰り返し、しかも政治は全く機能していない。日本は世界から忘れられた存在になろうとしている、というのが国際的な認識だろう。私の見方はやや異なり、日本は長い移行期にあるというものである。日本の政治の役割はこれから縮小するパイを分割することである。その中で、農民を助けるとサラリーマンを痛めつけ、老人を助けると若者を痛めつけるというように、改革の恩恵に与る人と傷つく人の対立があり、いつまでも方針を決めることができていない。それがこれほど短期間に首相が変わった背景にみえる。日本はいまだに、繁栄を取り戻すために必要な改革の担い手をみつけていないようだ。
---日本の混沌はまだ続くでしょうね。
カッツ 経済的繁栄を再分配する自民党の役割が終わったことは確かだが、民主党の唯一の存在理由が「自民党を破壊すること」である以上、いざ自民党が存在しなくなると民主党で結束する理由はなくなる。近いうち民主党は必ず分裂し、再び政治は混乱をきたすだろう。これは一党独裁から真に争点をめぐって戦う選挙への移行プロセスに過ぎず、今回の政権交代はその答えではなかったということだ。
---メディアにも責任があるのではないですか。
カッツ 確かに、メディアの報道は偏向していた。まるで倒閣こそが自らの使命と思いこんでいるかのような報道に、国民も易々と躍らされた。例えば普天間問題では、メディアは鳩山由紀夫首相がどれほどこの問題の扱いをしくじったかに集中砲火を浴びせたが、一方で米国が同じく普天間問題の扱いをしくじったことには全く注目しなかった。米国はせめて、参院選後まで待てたはずだ。ここにも日本のメディアの偏向ぶりが表れている。だが、「ラクダの背骨を折るのは最後に載せた麦わら」という諺がある。たとえわずかでも度を越せば大事になるという意味だが、問題は鳩山というラクダの背中が弱かったことにあり、所詮メディアの責任は麦わら程度だともいえる。
---結局、日本国民が政治的に未熟だということに。
カッツ 未熟というよりも、日本はあまりにも一党支配が長く続いたため、国民が政治的にとても消極的になり、改革意欲を失っているようにみえる。ただ、これには日本の政治システムにも問題があり、とりわけ、小党乱立を招く比例代表制は、度重なる首相交代の原因でもあろう。たった一%の得票で議席を確保し、大政党に影響力を行使する状況は大きな問題だ。
---首相の名前も覚えてもらえないほどの政治の混乱で、日本が失った最大のものはなんでしょうか。
カッツ 対外的にみて、存在感や信用など国としての大事なものを失っているのは確かだ。しかし、日本人が失った最大のものは国民の生活水準と国民の安全であり、何よりも日本人自身の希望だ。強力なリーダーがいないと、経済成長を回復する政策が立てられず、生活水準が下がっていく。かといって、改革にはジレンマがあるから、なかなか強力なリーダーが出現しない。日本はこうした深刻な悪循環に陥っており、この移行期を脱する兆しはまだみえていない。
リチャード・カッツ(日米関係研究家)
1973年コロンビア大学で学士号、96年ニューヨーク大学で経済学修士号取得。日米関係について30年取材してきた知日派ジャーナリスト。ニューヨーク州立大客員教授なども歴任。主な著作に『腐りゆく日本というシステム』『不死鳥の日本経済』等。
カッツ 世界は日本に幻滅しかかっていると言ってもいい。経済は停滞し、株式市場は乱高下を繰り返し、しかも政治は全く機能していない。日本は世界から忘れられた存在になろうとしている、というのが国際的な認識だろう。私の見方はやや異なり、日本は長い移行期にあるというものである。日本の政治の役割はこれから縮小するパイを分割することである。その中で、農民を助けるとサラリーマンを痛めつけ、老人を助けると若者を痛めつけるというように、改革の恩恵に与る人と傷つく人の対立があり、いつまでも方針を決めることができていない。それがこれほど短期間に首相が変わった背景にみえる。日本はいまだに、繁栄を取り戻すために必要な改革の担い手をみつけていないようだ。
---日本の混沌はまだ続くでしょうね。
カッツ 経済的繁栄を再分配する自民党の役割が終わったことは確かだが、民主党の唯一の存在理由が「自民党を破壊すること」である以上、いざ自民党が存在しなくなると民主党で結束する理由はなくなる。近いうち民主党は必ず分裂し、再び政治は混乱をきたすだろう。これは一党独裁から真に争点をめぐって戦う選挙への移行プロセスに過ぎず、今回の政権交代はその答えではなかったということだ。
---メディアにも責任があるのではないですか。
カッツ 確かに、メディアの報道は偏向していた。まるで倒閣こそが自らの使命と思いこんでいるかのような報道に、国民も易々と躍らされた。例えば普天間問題では、メディアは鳩山由紀夫首相がどれほどこの問題の扱いをしくじったかに集中砲火を浴びせたが、一方で米国が同じく普天間問題の扱いをしくじったことには全く注目しなかった。米国はせめて、参院選後まで待てたはずだ。ここにも日本のメディアの偏向ぶりが表れている。だが、「ラクダの背骨を折るのは最後に載せた麦わら」という諺がある。たとえわずかでも度を越せば大事になるという意味だが、問題は鳩山というラクダの背中が弱かったことにあり、所詮メディアの責任は麦わら程度だともいえる。
---結局、日本国民が政治的に未熟だということに。
カッツ 未熟というよりも、日本はあまりにも一党支配が長く続いたため、国民が政治的にとても消極的になり、改革意欲を失っているようにみえる。ただ、これには日本の政治システムにも問題があり、とりわけ、小党乱立を招く比例代表制は、度重なる首相交代の原因でもあろう。たった一%の得票で議席を確保し、大政党に影響力を行使する状況は大きな問題だ。
---首相の名前も覚えてもらえないほどの政治の混乱で、日本が失った最大のものはなんでしょうか。
カッツ 対外的にみて、存在感や信用など国としての大事なものを失っているのは確かだ。しかし、日本人が失った最大のものは国民の生活水準と国民の安全であり、何よりも日本人自身の希望だ。強力なリーダーがいないと、経済成長を回復する政策が立てられず、生活水準が下がっていく。かといって、改革にはジレンマがあるから、なかなか強力なリーダーが出現しない。日本はこうした深刻な悪循環に陥っており、この移行期を脱する兆しはまだみえていない。
リチャード・カッツ(日米関係研究家)
1973年コロンビア大学で学士号、96年ニューヨーク大学で経済学修士号取得。日米関係について30年取材してきた知日派ジャーナリスト。ニューヨーク州立大客員教授なども歴任。主な著作に『腐りゆく日本というシステム』『不死鳥の日本経済』等。
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