不運の名選手たち 連載 5
松永由水(旧姓・小鴨)(マラソンランナー)人生を狂わせた初マラソン初優勝
中村 計
2010年5月号
現役時代とほとんど変わらないスタイルだった。
「高校のときよりも軽いんです」
身長百七十二センチ、体重五十七キロ。松永由水。旧姓は小鴨だ。小鴨は現在、福岡市の「ファーストドリームAC」というマラソンクラブの主将を務めている。
一つ尋ねると、笑い声と一緒に、二つ、三つと答えが返ってくる。警戒心が欠落している感じも、昔のままだった。
話は一九九二年にまでさかのぼる。一月二十六日、大阪国際女子マラソンでのことだった。
ダイハツに所属していた小鴨は当時、まだ二十歳。明石南高校時代、中距離の選手だったものの全国大会の経験はない。まったくの無名、しかも初マラソンだった。
だが、陣営には勝算があった。その二カ月前、小鴨は神戸のハーフマラソンでダイハツのエース浅利純子に次ぐ二位に入り、日本記録に迫る好タイムを出していた。
「監督が以前、浅利さんがすごく調子のいいときに、まだ若いからって、マラソン初挑戦を見送って、失敗したことがあった。だから私の場合は、急遽、走らせてみようということになったんです」
二時間二十・・・
「高校のときよりも軽いんです」
身長百七十二センチ、体重五十七キロ。松永由水。旧姓は小鴨だ。小鴨は現在、福岡市の「ファーストドリームAC」というマラソンクラブの主将を務めている。
一つ尋ねると、笑い声と一緒に、二つ、三つと答えが返ってくる。警戒心が欠落している感じも、昔のままだった。
話は一九九二年にまでさかのぼる。一月二十六日、大阪国際女子マラソンでのことだった。
ダイハツに所属していた小鴨は当時、まだ二十歳。明石南高校時代、中距離の選手だったものの全国大会の経験はない。まったくの無名、しかも初マラソンだった。
だが、陣営には勝算があった。その二カ月前、小鴨は神戸のハーフマラソンでダイハツのエース浅利純子に次ぐ二位に入り、日本記録に迫る好タイムを出していた。
「監督が以前、浅利さんがすごく調子のいいときに、まだ若いからって、マラソン初挑戦を見送って、失敗したことがあった。だから私の場合は、急遽、走らせてみようということになったんです」
二時間二十・・・