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連載

むかし女ありけり 連載 116

才媛
福本 邦雄

2010年4月号

をとめ我此血汐もて思ふまゝもて歌はんものを 今井邦子


 女性歌人としての地位、評価が一段と高く、また女性文化人としての幅広い活躍でいまなお尊敬を集めている今井邦子。若い頃からきらめくような才気で知られ、並外れた美貌とあいまって華やかな存在であり、それゆえに数多くの誤解や妬みを受け、常に話題の中心であった彼女は、多くの伝説を生んだ。実像とはかけ離れた「奔放な悪女」として小説や論文に取り上げられること再三で、そこで造られた邦子像が一人歩きし、後々までイメージとして固定してしまった。スキャンダラスな才媛の物語というのは、確かに世間の興味を惹きやすい。だが歌や評伝などを読むにつけ浮かび上がってきた今井邦子の生き方は、筆者には驚くほどシンプルで純粋なものに思えた。ひとことで言えば「歌への情熱」、これが彼女の人生の核であり、ここにおいては一切ぶれることがなかったからである。
 邦子の強い意志と実行力が群を抜いていたことは、明治の時代、わずか二十歳で志だけを胸に家を出、世の荒波に乗り出していったことからも明らかである。職のあてもなく持ち合わせもない若い女性・・・