JR東日本も民営化の名の下に暴走気味
「信濃川水泥棒」体質は変わっていない
2010年4月号公開
「鉄道復権」の風が世界的に吹き始めている。言うまでもなく日本は世界一の鉄道王国。これをチャンスに海外に新幹線の売り込みを、という構想を国土交通省も練り始めた。これ自体は良いとしても、問題は復権とは逆方向を走ってきた国鉄の民営化路線だ。民営化の前にはローカル線をせっせと剥がし、JR発足後は鉄道より「駅ナカ」ビジネスに人も資金も集中。どこか本業を軽視してきたのではないか。その民営化商法の先頭を走るJR東日本の評判も、懸命のマスコミ懐柔にもかかわらず下落気味。鉄道事業者が最も守るべきダイヤが頻繁に乱れ、日々迷惑する状況が慢性化しているからだ。
毎日一件以上の輸送障害
JR東日本の部内原因(係員、車両、施設)による輸送障害の発生件数は、国交省がまとめた最新データである二〇〇七年度「運休または三十分以上の遅れが出た輸送障害」によると、実に三百八十八件と大手私鉄の十一倍以上に上った。毎日一件以上の輸送障害が起きていた計算になる。これは国に報告義務があるものだけを集計したものであり、三十分未満の遅れを含めれば件数はさらに増える。かなり危険な兆候だ。三百の軽度の異常は二十九の小事故、一つの大事故につながる可能性があるという労働災害の経験則「ハインリッヒの法則」からすると、JR東日本にはいつ大事故が起きてもおかしくない。
国交省はJR東日本に、輸送障害が頻発する状況を改善するよううながす警告書を発している。これを受けて同社は〇六年五月に「首都圏輸送障害対策プロジェクト」を設置し、三千億円を投じて信頼性の高い車両や施設への更新を進めてはいる。そして輸送障害件数は減ってきていると主張しているが、統計上の数字と利用者の実感とでは大きな違いがある。三月二十三日にも停電トラブルで山手線などが約三時間も止まり、二十六万人に影響が及んだ。
JR東日本の利用者は日頃、不安や不満を感じても容易には他の交通手段に変えられない。その意味で、ダイヤの乱れは社会経済上の大きな損失である。例えば〇八年四月に国分寺駅で発生した変電所火災では中央線の電車が七時間も止まり、約五十万人の足に影響した。迂回などで仮に一人一時間のロスが生じたとしても、社会全体では五十万時間分のロスとなる。首都圏の輸送障害は国鉄当時ならば必ず国会で取り上げられたほどの重大な社会問題なのである。
社会との軋轢は首都圏だけでなく地方でも起きている。典型がJR東日本信濃川発電所の水利権再申請問題だ。昨年二月、同社の信濃川発電所で「不正取水」が発覚し、「水利権」取り消しの処分を受けた顛末は「選択」〇九年四月号で紹介した。今、発電所に奪われていた水は信濃川に戻った。しかし三十年以上にわたって「水枯れ川」となってきた流域環境を元に戻すには年月がかかる。信濃川のリハビリは始まったばかりだ。
JR東日本は、不正取水についての反省と地元への謝罪は表明している。ところが本音では何も反省していないように見受けられる。それは同社の水利権再申請案自体が示している。その案とは、①取り消された水利権と同量の毎秒三百十七トンの水利権を求める、②宮中取水ダムから下流へ流す放水量はこれまでの毎秒七トンより多い四十~百トンにする、③この試験放流を五年間実施し不都合があれば見直す、という内容だ。
三百十七トンを再申請するという点が曲者だ。
地域の消費を根こそぎ奪う
この問題に取り組んでいるジャーナリストの丸山昇氏は、「信濃川を水枯れ川にしたのは国鉄時代に、水利権を百六十七トンから三百十七トンに引き上げることを、時の町長が田中角栄に言われて認めてしまったことにあると地元の人々は捉えています。上積みの百五十トンは絶対反対という声が多いが、それ以前の百六十七トンについてはJRが誠意をもって市民と対話すれば一致点は見出せるのではないか。しかし三百十七トンをまるまる寄こせというのはあまりに住民無視でしょう」と述べている。
JR東日本が水利権を再申請するには地元の同意が必要だ。そこで「切り札」として用意したのが清野智社長の現地謝罪行脚と五十七億円の基金設立表明だった。昨年十一月に清野社長は十日町市、小千谷市、川口町を回って謝罪するとともに、各自治体に三十億円、二十億円、七億円の拠出を申し出た。同社はこれで地元の同意が得られると思っていたようだが、十日町市長は「市民への説明が必要」と述べ、その場での「同意」を拒否。結局、再申請の締め切り期限である三月十日までには地元を説得できず、とりあえず一カ月延ばされて今に至っている。
ちなみにJR東日本は昨年四月に「環境技術研究所」を立ち上げ「地球に優しい」という企業イメージを打ち出そうとしている。ならば同社は信濃川の環境再生に本気で取り組むつもりなのか。この問題で問われているのはJR東日本自身の姿勢である。
民営化によって駅と地域の関係は大きく変わった。特に最近は私鉄の多角化経営を参考に「駅ナカ」ビジネスに力を入れている。乗降客を駅に囲い込んで買い物をさせるやりかただ。言葉は悪いが、地域の消費需要を根こそぎ奪う仕掛けである。しかし考えてほしい。新宿駅を利用する一日三百四十六万人の人の流れは、JR東日本だけが作り出しているのではない。新宿という地域社会が長年かけて築いてきた共通の社会資産があるからこその利用者なのである。
信濃川の水を占有し川を枯らした行為に反発が高まったのと同様、乗客の流れを「駅ナカ」に堰き止め、地域の商売を枯らし始めていることへの反発も強まっている。「そこのけそこのけJR東日本が通る」式の横車的経営は、今後、通用しづらくなるだろう。
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