JCOM争奪戦にみる住友商事の「狡猾」
「お粗末」KDDIがはめられた
2010年3月号公開
ライオンと熊がシカの子を争って半死半生になっているところにキツネが通りかかり、餌をまんまと咥えて行ってしまった─。
まるでイソップの寓話を地でいくような茶番に見える。米投資ファンド、リバティーグローバルと住友商事が共同出資する国内CATV最大手、ジュピターテレコム(JCOM)へ闖入して痛い目に遭ったKDDIの出資騒動だ。
売られた喧嘩を買う
発端は一月二十五日。KDDIの二〇〇九年度第3四半期決算発表の最後、小野寺正社長は何気ない顔で総額三千六百十七億円を投じてリバティーからJCOM株の三七・八%を買い取るというビッグニュースを発表した。
新聞記者らのアタマが鈍いのか、質疑応答ではこの取引の不透明さを指摘する質問はなかったようだが、直後から金融界では「?」の声があがっていた。上場企業の株式を新規に三分の一以上取得する際は株式公開買い付け(TOB)が必要だが、KDDIはリバティー傘下の中間持ち株会社を買収して直接の株取引ではない形をとったからだ。
金融商品取引法のTOB規制の強化を検討していた金融庁は敏感に反応した。二月二日、読売新聞が「金融庁がKDDIを調査」と報道するとKDDI幹部は慌てた。「そもそも事前に金融庁に説明にも行かなかったためメンツをつぶした格好になった」(関係者)という。もともとKDDIのFA(ファイナンシャルアドバイザー)だった大和証券は直前でこのディールから降り、UBS証券に交代していた。「法の目をかいくぐるようなスキームを怖がって手を引いた」(証券アナリスト)という。
KDDI幹部は金融庁に日参して頭を下げ、二月十二日、三分の一を超過する四・五%分については信託銀行に預けて売却させ、残る三三・三%からも二・二%分を管理信託として議決権を放棄、結局実質の持ち分は三一・一%まで下げる、という苦しい解決策をひねり出した。
ここまでならKDDIのお粗末な買収劇と笑い話ですむが、週明けの十五日に、もう一方の主役が登場した。JCOMに二七・七%出資する第二位株主、住友商事である。
住商は同日、四〇%を上限とするTOBを三月三日から実施すると発表。鬼の首とったりとばかりに、KDDIが設定したプレミアム価格と一銭も違わない一株十三万九千五百円でTOBを発表することで、「買収とはこうしてやるのだよ」と見本を示したような格好だ。KDDIの屈辱も想像に難くない。
売られた喧嘩を正面から買って男を上げた形の住商だが、「実は裏で狡猾な計画を練っていた」(金融関係者)という。
リバティーと住商の合弁契約は二月十八日に切れることになっており、住商は昨年秋ごろからリバティーと株の買い取り交渉を本格化していた。同金融関係者によると「住商は一株十二万円まで買収価格を上げてリバティーに譲歩していたようだ」という。だが、リバティーは年末に交渉を一時保留、KDDIとの交渉を始める。
そもそもリバティーと住商の間では、株主間協定で先買い権が決められていた。一方が株式を売却する際にその条件を他の株主に提示して、提示条件以上であれば他社よりも先に株式を買い取れる権利だ。だがリバティーはこれを示さなかった。リバティーのスキームは株の直接売却ではなく、中間持ち株会社の売買だったため、先買い権を適用しなくてもよかったからだ。
この過程で住商はリバティーのスキームを知り、金商法に触れる灰色の取引であることに着目した。「あとはKDDIが買収を発表するタイミングを狙い澄まして、顧問法律事務所を通じて金融庁に告発するだけでよかった」(同関係者)。
住商の周到なやり口にKDDIが見事にはまったというのが実情のようだ。
住商がここまでJCOMに固執する背景には同社の派閥争いがある。銅山・銅精錬事業から出発した住友グループの住商の主流はあくまで鉄鋼、機電、非鉄、生活物資の四部門。それに対して、情報通信部門は一九九八年に新設された新しい部門だ。
売上総利益では全体の二三%強を占める有力部門だが、営業利益ベースでは一〇%未満とふるわない。事業の投資対効果を何よりも重要視する岡素之会長、加藤進社長の「リスク・リターン」戦略下では、JCOM事業はつねに売却の俎上に載せられてきた。情報通信畑の役員も不遇が続き、有力社長候補が何度か子会社に転出の憂き目にあっている。
一方で、同部門は現在でも影響力を保つ宮原賢次相談役(前会長・前日本経団連副会長)が社長時代に新設したこともあって、大御所のお墨付きの事業でもある。「商社にしては大人げない」と見られた今回の強行TOBも、同部門の死活を左右するJCOMの存否がかかっていたとすればうなずけないでもない。
成長なき事業を奪い合う
それにしても餌をまんまと咥えて逃げたキツネはリバティーにほかならない。一株六五%のプレミアム(一月二十二日終値比)価格で全量イグジット(売却)に成功した。回収した三千六百億円は、欧州での五千億円超のCATV会社買収に充てるという。
ライオンと熊の争いは見せ物としてはおもしろいが、果たしてJCOMがそれほどまでに価値があるのか。
KDDIは「JCOMの三百二十八万人の顧客基盤とインフラを使ってNTTと競争する」(小野寺社長)と意気込むが、筆頭株主にもなれず、どこまでJCOM経営にコミットできるか不透明だ。強みにしてきた電話とインターネット、放送という「トリプルプレー」も、NTTの光回線「フレッツ」で同様のサービスがすでに実現されており競争は激化する。
「KDDIのやっている電話やインターネットとは事業の性質が違う」(大澤善雄取締役)と牽制する住商側にしても事情は同じだ。そもそもJCOMやスカパーなどの有料放送サービスの加入件数は昨年十一月まで三カ月連続で前年を割り込み、いまやかつての成長力はない。
大澤取締役ら情報通信部門はこの勢いに乗って「一時はJCOMのTOB上限を五割以上とし、子会社化するところまで主張した」(関係者)といわれる。しかし連結化でバランスシート上の資産が膨らむことを危惧した財務部門の反対でおしとどまったという。
何よりも、CATV事業が日本でこれ以上の成長を見込めないことは、狡猾なリバティーの撤退が如実に示しているのではないだろうか。
掲載物の無断転載・複製を禁じます©選択出版