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連載

不運の名選手たち 連載 2

栗秋正寿(登山家)「魔の山」に憑かれたクライマー
中村 計

2010年2月号

 登山。
 その言葉から思い描くイメージとはおよそかけ離れている。
「ザラメ雪が、腰ぐらいの高さまである。砂糖の中を泳いでいるみたい。泳いで、泳いで、ひどいときは一日で百メートルしか進めないこともある。蟻地獄の中で登山しているようなもんですよ」 
 そう話すのは登山家、栗秋正寿だ。行為の過酷さとは対照的に、おっとりしているせいだろう、どこかユーモラスな雰囲気が漂う。身長一六九センチという小さな体と、柔らかな物腰。地上で栗秋を見かけたとしても、彼が屈強なクライマーであることを見抜ける人はほとんどいない。
「なんて言うんですかね……。何しに行ってるんですか、って聞かれたら、待ちに行っていますというような感じですかね」
 栗秋がここ数年、最大の目標にしているのは、米国アラスカ州にあるハンター(四四四二メートル)の冬季単独登頂だ。だが、北極圏にほど近いアラスカの山々は、冬季、天候がひどく荒れる。栗秋も、昨年まで四回挑んだが、いずれも悪天候に行く手を阻まれた。
「せっかくラッセル(雪を踏み固めて道をつくる作業・・・