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連載

をんな千一夜 第95話

中川 イセ 義理人情に生きた「女馬喰」
石井 妙子

2025年2月号

 去年の冬、初めて網走を訪れた。流氷を見たかったからだ。オホーツクの海一面を覆い尽くして、白い雪原がどこまでも続いているようだった。
 かつて、この流氷の町に「中川のばっちゃん」と呼ばれた女傑がいた。名を中川イセという。
 初の女性市議として国会議員以上の働きをしたが、もともとは網走遊廓にいた女性であった。
 明治34年、山形県東村山郡干布村(現天童市)にイセは生まれた。興行師の父は女性関係が激しく、生母は若くして亡くなり、イセは継母に苛め抜かれた。15歳で家出をし、東京や山形県米沢で女中や女工として働いたが、たまたま出会った実父の知り合いに暴行されて妊娠。娘を産んだが、誰にも助けてはもらえない。母子ともども餓死しそうになった時、「北海道の旭川遊郭で2年だけ辛抱すれば家が建つ」と周旋人に説得された。イセは500円と引き換えに自分の身を売り、全額を娘の里親に養育費として渡して旅立った。
 ところが旭川遊廓に着くなり、妓楼の女将に800円で転売されてしまう。送られた先が網走だった。
 当時の網走遊廓は町議や有力者たちが集まる料亭のような役割・・・