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経済

《クローズ・アップ》三部敏宏(ホンダ社長)

岐路に立つ「トヨタ嫌い」の毒舌王

2025年2月号公開

「うちは別に日産とどうしても一緒にならなければいけないほど困ってはいない。(日産を)救済する気はない」。昨年12月に日産自動車との経営統合の検討開始を発表したホンダの三部敏宏社長は今年、知人に漏らした。記者会見でも「日産のターンアラウンド計画の実行が前提条件」と言い放った。
 歯に衣着せぬ発言を繰り返す三部社長は今、「日本の経済界では日本製鉄の橋本(英二会長兼CEO)かホンダの三部か」(経団連関係者)と言われるほどの直言居士、毒舌王とされる。日鉄の橋本氏も米USスチール買収問題を巡る記者会見で米大統領を「バイデン」と呼び捨てにする御仁だ。
 三部社長はこれでも対外的には気を遣っているようで、ホンダ内部での発言はもっと過激だ。「(日産の)内田(誠社長)では改革はできん」「三菱自動車はまともだが日産はダメだ」。日産が表明している世界で九千人のリストラ案にも「あんな数じゃ全然足りない」と不満をぶちまけている。
 そんなに日産がダメならなぜ一緒になるのか。ホンダ関係者は「もっと嫌いなトヨタに対抗するため」と打ち明ける。確かに三部社長の「豊田章男嫌い」は業界内では有名だ。日本自動車工業会(自工会)の豊田会長が2023年、次期会長にいすゞ自動車の片山正則会長CEO(最高経営責任者)を選んだときも、三部氏は激怒したとされる。自工会会長はトヨタ、日産、ホンダが輪番でこなしており、章男氏の次はホンダの番のはずだった。いすゞの第5位株主は5%強を持つトヨタ。片山氏はいわば章男氏の子分とも言える。
 章男憎しの三部氏は「トヨタに対抗するためならなんでもやるだろう」(自動車部品会社首脳)。実際、ホンダが日産、三菱と一緒になれば三社連合の年間販売台数は800万台を超え、世界3位に躍り出る。ホンダ単体では到底かなわぬ対トヨタも、三社まとまれば現実味が出る。毒まんじゅうでも食わぬよりマシということか。
 元々は研究者。広島大学工学部から同大学院工学研究科で内燃機関の研究を続け、1987年にホンダに入社した。小学生の時にはJALの赤坂祐二会長と同じ野球チームで、三部氏がレフト、赤坂氏がピッチャーだった。
 二一年の社長就任以降、ホンダを揺るがす決断をしてきた。代表例が「2040年には販売するすべての新車をEV(電気自動車)かFCV(燃料電池車)にする」という宣言。F1でも実績を残し世界で自他共に認める「エンジンのホンダ」が、日本車メーカーで初めて完全な脱エンジンを宣言するとは誰が予想しただろうか。エンジン開発に命をかけてきたホンダ技術者の反発は大きかった。ところが足元ではEVが世界的に失速傾向。「ほれみたことか」とホンダ社内では不満がたまりつつある。
 日産との経営統合検討を発表した今回も同じ轍を踏みかねない。四輪よりも安定した収益を確保し続け、ホンダの屋台骨とも言える二輪事業からは「日産と一緒になるくらいなら分社して出て行く」という反発が渦巻く。
 ともすれば独断専行で、ホンダのDNAの破壊を続ける三部流。ホンダ系列の部品メーカー首脳はこうつぶやく。「独裁者の末路は得てして不幸になりがち。三部氏もそうならなければよいが」。


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