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連載

本に遇う 第301話

谷川俊太郎と倉本聰
河谷 史夫

2025年1月号

 十一月立冬の日、転倒した。
 魔が差したのか、不信心をとがめる神仏の祟りか、それとも誰かの呪いか。不覚にも家で二階へ上っていて後ろ向きに階段落ちして、後頭部をしたたか打ち、手足にジーンと電気が走った。音に驚いた家人が「動かないで」と言うので、じっとしていた。救急車を呼ぶ声が聞こえる。生まれて初めて担架に乗せられた。
 仰向けで玄関を出て救急車までの間、真っ青な空が見えた。トルストイの『戦争と平和』でアンドレイ公爵がアウステルリッツの戦場で重傷を負って倒れたとき、見上げた空の青さに「幸福」を感じたことを思い出した。それとなぜか、谷川俊太郎の『生きる』という詩が頭をよぎった。

生きているということ/いま生きているということ/それはのどがかわくということ/木もれ陽がまぶしいということ/ふっと或るメロディを思い出すということ/くしゃみをすること/あなたと手をつなぐこと

 わたしはこの詩を、一九八二年にフジテレビで放映された倉本聰脚本のドラマ『君は海を見たか』を見ていて知った。

生きているということ/いま生き・・・