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連載

大往生考 第61話

一番望むことは何ですか
佐野 海那斗

2025年1月号

 高齢患者は、複数の問題を抱えていることが多い。医師はどこから対応すべきか、迷うことが少なくない。ところが、医師と患者の間には情報の非対称が存在するため、患者が本当に必要としていることを見落としがちだ。このような場合、医師は「今日、私があなたを助けられることが一つだけあるとしたら、何がいいでしょうか」と質問するのが良いらしい。患者自身に優先順位をつけてもらうという訳だ。
『ニューイングランド医学誌(NEJM)』2024年11月28日号、「よい日」というエッセイに、そうあった。この文章を読んで、私は苦い経験を思い返した。
 患者は80代の女性だった。私が非常勤医師として勤務する病院の事務職員Aさんの母親で、10年ほど前に夫を亡くし、仙台で1人暮らしをしていた。
 22年末の仕事納めの日、外来診療が終わり、診察室で看護師と雑談していた時にAさんから相談を受けた。「年末、帰省したいのだが、どうすべきか迷っている」と言う。
 12月中旬、Aさんがコロナに罹ったのをきっかけに、妻、1人息子と立て続けに感染したらしい。Aさんと妻は治癒したが、最後に感染した長・・・