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連載

大往生考 第59話

喪失の悲嘆から立ち直る方法
佐野 海那斗

2024年11月号

「ようやく元気になってきました」。外来でフォローしていたある患者の顔に、少し光が戻った。
 患者は60代前半の男性で、中小企業の経営者だ。10年ほど前から高血圧で私の外来にかかっている。昨夏以来、うつを患い、抗うつ薬を服用しているが、なかなか改善しなかった。
 患者の境遇を考えれば、無理もない。一人息子を突然亡くしたからだ。年をとってからできた子で、溺愛していた。息子も期待に応え、都内の有名大学に現役で合格した。文武両道で、高校時代には陸上競技部の主将を務めた。
 そんな息子を、不幸が襲った。大学のゼミの合宿で、その事故は起こった。息子は父親の跡を継ぐべく、経済学部に進み、経営戦略のゼミに参加していた。7月、学生と教員の懇親も兼ねた合宿が、東海地方の港町で開催された。
 教授は、学生の話をよく聞く、面倒見がいい人物だったそうだ。自分の子どもは独立し、数年前に妻を亡くしたため、学生たちを我が子のように可愛がったという。
 この合宿には、OBたちも参加し、議論は深夜に及んだ。テーマは、岸田政権の経済政策から、メジャーリーグのマネジメント、さ・・・

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