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経済

《クローズ・アップ》井阪 隆一(セブン&アイHD社長)

買収攻勢で「四面楚歌」の窮地

2024年10月号公開

 「あいつは本当にだめなやつだから」。コンビニエンスストア、セブン-イレブンの生みの親とされる鈴木敏文・セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問は最近、親しい知人にこう漏らしたとされる。「あいつ」とは誰か。それはセブン&アイHDの井阪隆一社長だ。
 井阪社長率いるセブン&アイHDは、カナダの小売り大手のアリマンタシォン・クシュタール(ACT)から買収提案を受け、世間を騒がせている真っ最中。鈴木氏の発言はACTからの買収提案が明らかになった後のものだという。
 鈴木氏が手塩にかけてきたセブン-イレブンは、間違いなく日本一のコンビニになった。ACTに買収されてはたまらないというのが鈴木氏の本音だろう。だが井阪社長ではACTを撃退できるかわからない、と危惧しているようだ。
 鈴木氏がセブン&アイHDの会長を2016年に退いたのは、井阪社長にクビを申し渡したところ、逆にクーデターを起こされたから。鈴木氏の言葉には過去の因縁もあろうが、井阪社長の評価は驚くほどどこからも聞こえてこない。
 井阪社長が昨年決断した百貨店のそごう・西武売却で、ストライキを実施するなど最後まで抵抗した労働組合。寺岡泰博そごう・西武労働組合中央執行委員長は、最近出した著書『決断 そごう・西武61年目のストライキ』の中で交渉相手だった井阪社長に対して「腸が煮えくり返るような怒りを覚えた」と述懐する。
 井阪社長は「寺岡さん、これで(売却)ディールが不成立になったら会社潰れますよ。寺岡さんあなた会社を潰すんですか。社員を路頭に迷わすんですか」と恫喝したという。そして井阪社長は「論点をずらして逃げる」うえ、決して「腹を割って話さない」人物という。
 セブン&アイ社内からも「井阪さんは所詮部長クラスの器。経営者の器ではない」という声が多く漏れてくる。人望がなさ過ぎるのだ。確かにそごう・西武売却など経営者としては辛い仕事、決断かもしれないが、そういう時こそ人望がないと売られる側も納得しない。「ストライキは井阪社長が招いた人災」(そごう・西武組合関係者)と言われる始末だ。
 そんな井阪社長が次に向き合わなければいけないのがACTからの買収提案だ。災難は次々にやってくる。買収提案を検討している特別委員会は「(提案価格が)著しく安い」としてひとまず断った。だがACTの買収提案価格は、この話が表面化する前のセブン&アイHDの株価と比べるとかなりのプレミアムが乗っているのも事実。
 これまでの井阪体制は、特別委員会が「著しく安い」と断じた株価すら実現できていない。「特別委員会の返答はそのまま井阪体制の通信簿が零点と言っているのと同じ」(大手証券会社幹部)だ。
 セブン&アイHDの株主にはアクティビストとして知られるバリューアクト・キャピタルなどうるさい株主も多い。仮にこのままACTの買収提案を退けたら、バリューアクトなどが「それなら井阪体制でACTの提案価格以上の株価を実現できるのか」と詰問してくるのは明らか。来年の株主総会で井阪社長の再任反対という株主提案が再び出てくる可能性は高い。従業員やOB、株主、特別委など多方面から噴出する不満はまさに四面楚歌。これも自業自得か。


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