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連載

大往生考 第58話

人知を超えた現世への思い
佐野 海那斗

2024年10月号

 田中康弘氏の『山怪 山人が語る不思議な話』(ヤマケイ文庫)を読んだ。秋田県の阿仁マタギをはじめ、山で生活する人から著者が聞き集めた怪談をまとめたものだ。狐火や人魂、狸にまつわる話など様々な怪異が紹介されている。
 この本を読んで、ある患者のことを思い出した。幼少期からお世話になっていたKさんという女性で、約四十年前、乳がんのため40代で亡くなった。
 当時、私は首都圏の病院で研修医をしていた。残暑が厳しい9月のことだった。当直明けでの通常勤務を終え、夜の10時頃に自宅に戻り、そのまま眠りについた。
 目が覚めたのは午前2時頃。体が焼けるように熱く感じた。それまでに経験したことのない感覚だった。体温を測ると39.1度。私は何らかの感染症を疑った。ところが、不思議なことに、感染症によくみられる倦怠感、関節痛、呼吸器症状は一切なかった。私は、ベッドの上で熱さに悶えながら、様々な鑑別診断を思い浮かべた。「明日起きたら、病院で検査しよう」。
 程なく、眠りに落ちた。
 翌朝、母からの電話で目が覚めた。「昨晩、Kさんが亡くなった」との知らせだった・・・