三万人のための情報誌 選択出版

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連載

テイレシアスの食卓 vol. 19

聲なきものの聲を聞け
河井 健司

2024年10月号

 2007年の8月にフランスから帰国して以来、買い出しのために市場へ通い続けている。普段より少し早く起き、ゆりかもめに揺られて市場前駅につく。重たいまぶたを擦りながらも野菜や果物、魚介類の目利きをしつつ、市場内をそぞろ歩くのは結構楽しい。たまに知り合いの料理人に出会うこともあるが、概ね業界のレジェンドと呼ばれる大先輩のシェフ達だ。仲卸業者にメールで発注する形式が主流となった現在でも、彼らは市場通いを欠かさない。希少で価値ある品物は、足で探す必要があると知っているからだ。
 東京都中央卸売市場が築地から豊洲に移り、公共交通機関でのアクセスが難しくなったこともさることながら、コロナ禍以降、市場に足を運ぶ料理人の数は激減してしまった。働き方改革と、仕事の効率化が叫ばれる風潮の中では当たり前かもしれない。それでも、市場に並んでいる品物を見て、季節の風を肌で感じる意味は大きい。また料理の発想の源でもある。このところフランス料理業界では、ジャーナリズムにおいて嫌悪される「こたつ記事」にも似た、頭の中だけで考える料理が増えてきた。南半球オーストラリア産の黒トリュフを、日本の暑い夏にわざわざ・・・