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連載

現代史の言霊  第78話

10月の脱出- ベルリンの壁崩壊㊤ (1989年)
伊熊 幹雄

2024年10月号

遅れてきたものは歴史に罰せられる
ミハイル・ゴルバチョフ(ソ連共産党書記長)

 国家が突如消える。そんな事態は、滅多に起きることではない。1991年のソビエト連邦はその一例だ。今回お伝えするドイツ民主共和国(東ドイツ)の消滅の始まりも、その初期の頃には何がどうなるのか、当事者たちには分からなかった。
 1989年8月。東側陣営のハンガリーが、東ドイツ国民のオーストリアへの出国の扉を開けた(本誌8月号)。国民の移動を厳格に管理していた社会主義圏で、これは大事件だった。どうにかしてハンガリーにたどり着きさえすれば、西側に出られる。巨大な水槽に穴が開いたのだ。

「穴」に殺到した東独市民たち

「ベルリンの壁」を筆頭に、国中を壁と鉄条網で覆ってきた東ドイツにとって、容易ならない危機だ。
 独裁者であるエーリッヒ・ホーネッカー社会主義統一党書記長が自ら、ハンガリー政府に猛烈な抗議をしたが、ハンガリー側は耳を貸さなかった。
 東・・・