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連載

本に遇う 第296話

石川九楊の七つの顔
河谷史夫

2024年8月号

 お年のせいとコロナ以来の「三ず主義」(人に会わず、外で呑まず、旅に出ず)があいまってますます出不精になっていたが、6月と7月は、前半後半と模様替えした上野の森美術館の「石川九楊大全」展に腰を上げた。
 7年前の7月、同じ所で見た「書だ!石川九楊展」の図録にあった吉本隆明の言葉が思い出される。「ああいいなあ、こんな書家がいるかぎり、書家の存在を捨象して、現在の造形的な芸術は語れないのだなと納得させられる」。
 石川九楊を知って四半世紀になる。谷川雁の幻の全集『無の造形』を作ったという八木俊樹のことを調べていて、装丁者が八木と「刎頸の友」と聞いて会いに行ったのである。まだ京都に住んでいた石川九楊は簡にして要を得た応答をしてくれ、お蔭でわたしは記事を書くことができた。爾来書にはどだい不案内のわたしにも個展の案内をくれるのである。
「遠くまで行くんだ」が前半の、「言葉は雨のように降りそそいだ」が後半の惹句であった。それこそ雨あられと文字が乱舞する会場でふと、片岡千恵蔵主演『七つの顔』の「ある時は私立探偵、ある時は片目の運転手、またある時は新聞記者…・・・