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連載

皇室の風 第190話

葵祭と皇統意識
岩井克己

2024年7月号

 大佛次郎の畢生の大作『天皇の世紀』は、作者が京都御所を訪ねる場面から始まる。清涼殿や紫宸殿を見上げて、悠久の天皇の歴史をしのび、中山忠能邸跡で、娘の慶子典侍が孝明天皇の皇子を産んで、手元不如意ながら精一杯の伝統のお祝い行事が心込めて続いた記録が紐解かれる。
 水平線に巨大な黒船が姿を現し、外界の時代の風が嵐のように動き始めるのは目前。祐宮(明治天皇)の「御産所」跡も訪れ、そのさびれ具合に接して、大佛の感慨もひとしおだったようだ。
「明治天皇の次に、三人の皇女が生れたがそろって短命で、誕生の翌年になくなっている。(略)このひとりの男子がやがて明治と言う開闢以来の時代を、神話の巨人のように背に担うことになった」
 令和5年(2023)5月16日、退位した平成の天皇・皇后(上皇夫妻)は関西に足を運び、京都御苑で葵祭の行列を観覧した。退位後、コロナ禍で外出もままならない日々を過ごしていたが、コロナが5類感染症に移行するとすぐ「父祖の地」京都へ遠路足を運んだ。
 建礼門ちかくの観覧席で艶やかな平安装束の行列の人々に久方ぶりの満面の笑顔を見せた夫妻の姿は「・・・