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経済

武田薬品は 大丈夫なのか

利益ガタ落ちの名門に迫る落日

2024年7月号公開

 日本の製薬企業のトップとして君臨してきた武田薬品工業の前途が危ぶまれている。世界市場での生き残りをかけ海外の製薬企業を巨額買収したが、十分な成果が出ていない。買収資金確保のため研究者の大幅なリストラをした結果、製薬企業の競争力の根源である研究開発力が弱るという窮地に陥った。起死回生の新薬開発を目指すが、稼ぎ頭の薬の特許切れが迫る中、時間との勝負になっている。
 同社に対する市場の評価は低い。6月24日現在の時価総額は約6.4兆円で、売上で大きく下回る中外製薬(9兆円)、第一三共(10.5兆円)に及ばない。
 5月9日に発表した2024年3月期決算(2023年度決算)で売上収益は前期比6%増の4兆2637億円。2位の大塚ホールディングス(2兆186億円)を大きく引き離して国内製薬企業トップだった。しかし、営業利益は56%減の2141億円、純利益は55%減の1440億円に沈んだ。営業利益率は5.0%で、トップの中外製薬(39.5%)や二位の塩野義製薬(35.2%)の背中ははるかに遠い。
 しかも今回の決算は、急速な円安の恩恵を受け、水増しされたものだ。為替変動による1769億円の売上収益がなければ、赤字に転落していた。

巨額買収の負の影響

 業績の落ち込みについて同社は、利益率が高い、主力の小児の注意欠陥・多動性障害(ADHD)治療薬ビバンセの特許切れ(独占販売期間満了)を挙げた。売上は前期から361億円減の4232億円だった。ただ、その影響は一過性で、今年度からは「持続的な売上収益成長への回帰」が期待できると説明した。
 強調したのは「成長製品・新製品が24年度の売上収益全体の約50%を占め、2桁%の成長を見込む」ことだ。多くの新薬の開発に成功し、高収益が期待できると皮算用を弾く。24年度の年間配当は一株当たり196円で、前期から8円増だ。増配は2年連続で、24年度の予想一株利益は36.7円で、配当性向は100%を超す。
 だが、この見込みは甘いと言わざるを得ない。武田薬品は08年に約8900億円で米ミレニアム社、19年に約6兆8千億円でアイルランドのシャイアー社を買収した。11年には、スイスのナイコメッド社を約1兆1440億円で買収している。この三社だけで買収に要した費用は8兆円を超える。とくに巨額のシャイアー社買収は賭けともいえた。
 23年度の武田薬品の稼ぎ頭は、潰瘍性大腸炎・クローン病治療薬エンタイビオ(8009億円)で、免疫グロブリン製剤(6446億円)、ビバンセ(3129億円)が次ぐ。エンタイビオはミレニアム社、免疫グロブリン製剤とビバンセはシャイアー社から販売権を獲得した。ただ、販促や製造コストを加味した場合、「算盤勘定が合ってない」と考える専門家が多い。
 今回の決算発表で武田薬品が提示した資料には、23年度に第一相〜第三相臨床試験で、36の化合物の臨床開発(適応拡大を含む)を進めたが、25の化合物の開発を中止したと記している。
 この中には、昨年10月に米国で実施された第三相臨床試験で有効性が証明されなかったクローン病に伴う複雑痔瘻治療薬アロフィセルや、昨年10月に米国での販売が中止された肺がん治療薬エクスキビティなどが含まれる。それぞれ740億円、285億円の減損となった。医薬品開発に失敗はつきものだが、武田薬品は、成功確率が低すぎる。
 要因は巨額買収の負の影響である。かつて、武田薬品は高い研究力を誇った。1990年代には消化性潰瘍治療薬タケプロン、糖尿病治療薬アクトス、高血圧症治療薬ブロプレスなどの自社製品を開発し、大きな利益をあげた。近年の研究の中核は湘南研究所だ。
 2015年、武田薬品は研究開発戦略を一変した。従来手広くカバーしていた研究開発領域を悪性腫瘍、消化器疾患、神経精神疾患に集約し、新薬候補の半分を外部から導入することにした。日本型経営から、企業買収に軸足を置いた欧米型経営への脱皮を模索した。
 武田薬品は買収資金を確保するため、リストラを推し進めた。対象には研究者も含まれた。湘南研究所の研究者は約1000人から約300人へと削減された。巨額買収と引き換えに、多くの有能な研究者を失った。空いたスペースは、「湘南ヘルスイノベーションパーク」として、企業に貸し出された。
 創薬の基礎研究は、大学と製薬企業の研究者の共同作業で進められることが多い。武田薬品が研究者をリストラしたため、「創薬シーズを抱えた大学の研究者は、武田薬品でなく、第一三共や中外製薬にアプローチするようになっている」(製薬関係者)のが現状だ。
 それでも、武田薬品は熱心にリストラを進めている。五月の決算説明会では、事業構造再編に1400億円を投じる方針を明かした。その後、低分子薬研究の拠点である米サンディエゴの研究所閉鎖、米国の拠点であるボストンでの641人の人員削減計画が明らかとなった。一旦、失われた研究開発力は容易に戻らない。

画期的な独自技術がない

 大型商品開発には、他社の追随を許さない画期的技術が不可欠だ。ところが、同社には、中外製薬の抗体エンジニアリング技術、第一三共の抗体薬物複合体(ADC)技術のような独自技術はない。
 現在、武田薬品は多数の臨床開発を同時並行で進めている。期待を寄せているのは、皮膚に炎症が生じる乾癬の治療薬候補TAK-279だ。この化合物は、昨年2月に米ニンバス社から「格安」の40億ドル(約6400億円)で買収したものだ。アロステリックチロシンキナーゼという化合物で、従来型の治療薬の毒性を回避できる可能性が第二相臨床試験で示された。乾癬は西欧を中心に患者数が多い。第三相試験に成功すれば、大型医薬品に成長する可能性がある。ただ、米ジョンソン・エンド・ジョンソン社が開発したIL-17抗体など先行薬があり、予断を許さない。
 睡眠障害ナルコレプシー治療薬TAK-861も期待の新薬である。前出の湘南研究所で独自に開発したオレキシン2受容体作動薬だ。新しい作用機序の薬で、第二相臨床試験で有用性が示された。第三相臨床試験に成功し、その後、他の睡眠障害にも適応を拡大すれば、「救世主」に化ける。
 だが、現時点で武田薬品の前途は暗い。もし、TAK-279やTAK-861の開発に失敗すれば、他にめぼしいパイプラインはない。屋台骨である潰瘍性大腸炎・クローン病治療薬のエンタイビオの特許が切れ、30年頃からは後発薬が登場する。年間約1兆円の売上を失うことになる。
「こんなタケダに誰がした」。6月に逝去した元社長、武田國男氏の恨み節が聞こえてきそうだ。


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