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連載

大往生考 第54話

愛娘を残して逝く母
佐野 海那斗

2024年6月号

 「母が心停止の状態で病院に担ぎ込まれました。蘇生処置をどうするか、医師から聞かれています」
 夜中、知人のAさんから電話があった。Aさんは、私が勤務している医療機関の元女性職員だ。現在は、故郷の大阪に戻り、90代後半の母親と二人で暮らしていた。その母親が、いつも通り一人で入浴したが、なかなか出てこなかった。心配したAさんが覗いたところ、浴槽に沈んでいたという。
 彼女は、大急ぎで母親を風呂から引き揚げたが、意識はなく、呼吸もしていなかった。救急車で最寄りの病院に搬送され、蘇生措置が施されたが、救命できる可能性は低く、冒頭の医師の発言へと繋がった。程なく、母親は死亡宣告を受ける。
 母親は高齢だが、大病を患ったことはない。突然亡くなった理由が分からない。犯罪の可能性も否定できないため、担当医は警察に連絡し、異状死体として取り扱われることとなった。
 死体検案は予想外の結果だった。溺水死に特有の肺水腫や、酸素を求めてもがいた際にできる体表の傷は認められず、胸部CT検査で、両肺野に肺炎の病巣が散在していることが確認された。PCR検査では新型コロナウイ・・・