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連載

テイレシアスの食卓 vol.15

戦勝祝いの「若鶏のソテ」
河井 健司

2024年6月号

 口伝を大切にする日本の伝統芸能や古武道の世界と同じく、まっとうな料理人を目指す者にとって師の存在はありがたい。とはいえ、師弟関係とは絆であるから、そう易々と得られるものでもない。ハラスメントのバーゲンセールのような世の中で、古びた考え方かも知れないが、すぐれた先達に認めてもらうには多少の辛抱はつきものであるし、むしろ不条理な要求に応える経験を積んだほうが人間修行には良いとさえ思う。
 ところが若き日の筆者は、新卒採用で入社したホテルの保守的な体質が肌に合わないように感じ、わずか3年で退職してしまった。若年の身で、分が過ぎた考えだったと今なら思う。それでも半人前の自分を見捨てることなくホテル時代の先輩が、次の修行先を紹介してくれた。そこは前のホテルとは打って変わった小規模店舗で、個人経営のレストラン。オーナーシェフは、黄金期といわれる1980年代に6年間フランスで働いた経験を持つ、職人気質な料理人。先輩の顔を潰しては申し訳が立たない、今度こそ中途半端に辞めないと心に誓って懸命に働いた甲斐あってか、仕事にめっぽう厳しいシェフから次第に信頼されるようになった。
 ところ・・・