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経済

アステラス製薬の止まらぬ「衰弱」

業績悪化で迫る存亡の危機

2024年6月号公開

 日本を代表する製薬会社の1つであるアステラス製薬に黄信号が灯っている。売上の47%にのぼる約7500億円を稼ぎ、屋台骨である前立腺がん治療薬「イクスタンジ」の特許が2027年に切れるが、その穴を埋める切り札がないのだ。先手を打って19年に遺伝子治療を開発する米ベンチャー企業を30億ドルで買収したが、結果として重荷となり有利子負債は大きく増えた。このままでは存亡の危機を迎えかねない。
 4月25日に発表された23年度決算。売上収益は1兆6037億円と前年度から5.6%増えたが、営業利益はフルベースで80.8%減の255億円、コアベースで35.6%減の1846億円と大幅な減益だった。
 売上がほぼ同規模の第一三共と比べた場合、時価総額は2.7兆円対10.6兆円、利益率は1.1%対12.5%と、その差は歴然だ。大型買収の影響による有利子負債の増加は7950億円で自己資本比率は44.7%に低下した。これは国内製薬企業大手10社の中で、住友ファーマ(17.2%)に次いで低い。

相次いだ「高い買い物」

 アステラスには幾つかの「誤算」が重なった。米国で昨年5月に承認され、大型商品と期待された更年期障害治療薬フェゾリネタントの売上が73億円にとどまり、当初の予想500億円を大きく下回った。医師の評価が低く、米国での民間保険への償還が進まなかったためだ。ピークの売上予想を「3000億〜5000億円」から「1500億〜2500億円」に引き下げた。
 米国で販売中の心機能検査補助剤レキスキャンの売上も前年度比91%減の65億円となった。現地の製薬企業が開発した後発品の販売停止を求めて提起した特許訴訟で、昨年5月敗訴が確定したことが影響した。
 27年に特許が切れる主力商品イクスタンジは23年度に7505億円を売り上げた。だが主要市場である米国での同年度の売上は4587億円と、前年度比4.7%の減少となった。米国でのイクスタンジの販売管理費を前年度より194億円増やし、1949億円としても苦戦した。販管費増も負担となった。
 アステラスは、イクスタンジに代わる新薬開発に力を注ぐ。21年9月に日本、昨年12月に米国で尿路上皮がん治療薬パドセブが承認され、23年度は854億円を売り上げた。アステラスは欧州でも承認申請中で、ピーク時には4000億~5000億円を売り上げると予想している。健闘はしているが、順調に進んだとしてもイクスタンジの穴は埋まらない。
 3月には胃がん治療薬ビロイが我が国で承認され、米国や中国でも今年中の承認を目指している。細胞間接着因子を阻害するもので、画期的な医薬品とされる「ファースト・イン・クラス」に分類される薬だ。アステラスはピーク時の売上を1000億~2000億円と予想しているが、多くの製薬企業との販売競争が待ち受けている。
 18年に「フォーカス・エリア・アプローチ」として、もっと独創的な新薬開発方針を打ち出した。最先端のバイオテクノロジーを用いたモダリティー(技術)で、アンメットメディカル(有効な治療法がない疾患に対する医療)ニーズが高い疾患に対する治療薬の開発である。重点を置くのは、遺伝子治療、がん免疫、再生と視力の維持・回復、ミトコンドリア、標的蛋白質分解誘導だ。
 動きは迅速だった。20年には遺伝子治療を開発するベンチャー企業の米オーデンテス・セラピューティクスを30億ドルで買収した。ところが、米国で実施したX連鎖性ミオチュブラーミオパチーという神経難病に対する遺伝子治療(AT132)の治験で、米食品医薬品局(FDA)から中止を命じられた。24人の男児に投与したところ、4人が進行性胆汁うっ滞性肝炎を起こして死亡したからだ。1000億円と予想していたAT132のピーク時の売上は、900億円の減損損失に沈んだ。
 これ以外にも22年にはデュシェンヌ型筋ジストロフィーを対象とした三つの遺伝子治療、今年4月にはフリードライヒ運動失調症に対する遺伝子治療などの開発を中止した。ポンペ病という先天疾患に対する遺伝子治療(AT845)も、22年6月にFDAから治験の差し止めが通告された。昨年1月に再開したが、開発は大幅に遅れた。
 遺伝子治療に対して、岡村直樹社長は「オーデンテスを買ったからこそ、FDAから臨床試験の中止を命じられても、ケイパビリティ(企業全体の組織的能力)が得られた」と言うが、このままでは30億ドルを、どぶに捨てることになりかねない。
 昨年4月、岡村氏が副社長から社長に昇格すると、米国の眼科領域のバイオベンチャー、アイベリック・バイオ社を59億ドルで買収した。着目したのは、当時、米国で承認間際と言われた。加齢黄斑変性症治療薬アイザーヴェイ。昨年8月に米国で承認され、23年度は121億円を売り上げた。

投資家と社員から見放されて

 アステラスは、アイザーヴェイの年間売上2000億~4000億円を目標としている。初年度の売上は順調だが、イクスタンジの穴はとても埋まらない。また、アイベリック・バイオが開発中の医薬品は臨床試験の前段階のものばかりで、当面、承認されるものはない。オーデンテス同様、アイベリック・バイオも高い買い物と言わざるを得ない。
 前出の「フォーカス・エリア・アプローチ」で掲げた5つの重点領域では、25年度中に複数の医薬品が後期臨床試験に進む予定だったが目途はたっていない。
 現在の総合的製薬企業としてアステラスが生き残るなら、「30億ドルを超える商品が複数必要」(製薬企業関係者)だ。がん、認知症、糖尿病などの巨大市場で、独自のプラットフォーム技術を活かした画期的新薬を開発し続けなければならない。ところが、いずれの分野でも蚊帳の外だ。米国で承認された尿路上皮がん治療薬パドセブ以外にめぼしい商品がないし、臨床開発も失敗を続けている。
 アステラスは05年に抗生剤を得意とする藤沢薬品工業と、二番煎じが得意で「真似の内」と揶揄された山之内製薬が合併して誕生した。当初から「創薬能力に疑問符がついた」(関係者)が、この問題が顕在化しつつある。
 この数年、アステラスは大規模な早期退職募集を繰り返してきた。昨年8月は想定の500人以上が応募した。株価は昨年5月25日の2341円から、23年度決算発表の4月25日には1455円まで下落した。社員、投資家から見放されつつある。
「アステラス」という社名には「明日を照らす」という意味も込めたというが、名門製薬企業に明日はあるのだろうか。


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