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連載

をんな千一夜 第86話

田中 路子 「世界のオザワ」の庇護者
石井 妙子

2024年5月号

先日亡くなったマエストロ小澤征爾の人生を語る上で、この女性の存在を抜きにすることはできない。ミチコ・デ・コーヴァ=タナカ、日本名は田中路子。ウィーン社交界の花形で、とりわけクラシック界に絶大な力を誇った女性であった。
 路子は明治42年、著名な日本画家を父に東京で生まれた。何不自由なく天真爛漫に育ち、上野の東京音楽学校(現東京藝術大学)の声楽科に進学。すると美少女は、すぐさま色恋沙汰を起こした。
 相手は後に小澤征爾を育て、「サイトウ記念オーケストラ」に名を残す斎藤秀雄。斎藤には妻がおり、いわば不倫。醜聞に困り果てた両親は路子をオーストリアのウィーン国立音楽学院に入学させる。まさか、そのままウィーンに根付くとは思わずに。
 路子はウィーンの華やぎに魅了され、斎藤を忘れた。社交界にデビューすると、東洋の美少女はたちまち人気者に。そして、舞踏会で大富豪のユリウス・マインルに見初められ結婚する。夫は62歳、路子は22歳だった。
 知識人として広く知られた夫マインルは若い妻にドイツ語と英語の家庭教師を付け、ヨーロッパ的教養を授けた。夫の親友には作家のトー・・・