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経済

JR東日本「大事故発生」の予兆

新社長でも続く「安全軽視体質」

2024年4月号公開

 四月一日、東日本旅客鉄道(JR東)の社長が六年ぶりに交代した。国内最大の鉄道事業者の新社長に就いたのは労務畑を歩んできた喜㔟陽一氏。しかしJR東では喜㔟体制の先行きを暗示するかのようにトラブルが頻発している。これまでもたびたび問題になってきた安全軽視体質が悪化しているようだ。

事故原因が不明のまま運行

 関東地方で積雪が記録された三月六日の朝七時半頃、東京発の山形新幹線「つばさ121号」が郡山駅に猛スピードで突入し、五百メートル以上オーバーランして停車した。乗客の一人が揺れる車内で肩を壁にぶつけて負傷。ネット上では郡山駅手前の分岐(ポイント)を通過して車両が揺れる動画などが拡散された。鉄道技術に詳しいジャーナリストは「極めて危険だった」と解説する。
「当該列車はポイントを所定の速度の二倍近くの速さで通過していた。今回は大丈夫だったがポイントの破壊や、遠心力による車両の転覆の危険性があった重大インシデントだ」
 三月十九日にJR東が出したリリースでは、「今回の条件において」という断りつきで「脱線及び他の列車との衝突の恐れはありませんでした」と発表している。しかし当該列車は線路上を滑って(滑走して)おり、原因は特定できていない。滑走の状況によってはさらに速いスピードでポイントに突っ込んでいた可能性もあり、この段階で火消しのようなリリースを出すのは無責任で悪質だ。
 時計の針を二〇二二年十二月十八日に戻す。この日、下りの山形新幹線「つばさ159号」が二十二時過ぎにやはり郡山駅でオーバーランを起こしている。今回との共通点は二つ。いずれも降雪があり、二二年は夜、今回は朝でどちらも気温が低かった。さらに、いずれのケースでもE3系という車両の「つばさ」が七両編成単独で走行していたのだ。
 東京から出発する下りの山形新幹線は、「つばさ」が単独編成で走る場合と、東北新幹線の「やまびこ」を十両連結して、福島駅まで十七両で走行するケースがある。二二年のオーバーラン発生後、JR東は原因不明のまま気温の低い朝に走る「つばさ121号」について単独編成をやめ、東北新幹線のE5系またはE2系十両を空車のまま連結(併結)させた。「制動をかけるために、ブレーキの軸を増やすという対処法だった」(鉄道業界関係者)といい、「春先まで続けられた」(同前)。そして、温かくなってからは七両編成単独でもオーバーランは起きなかった。
 今回、オーバーランしたのは昨年であれば、空車十両と併結していたはずの「つばさ121号」だ。JR東は、前回の原因が解明されたから併結をしなかったと説明していたのだが、ここに重大な疑義がある。
 JR東によると、前回の滑走時に「回生ブレーキ」の力がわずかに残ったことが、大きなオーバーランの原因になったという。ブレーキには大きく分けて二つある。車輪を物理的に押さえて制動する「機械ブレーキ」と、車両が走っている運動エネルギーでモーターを回して発電することで抵抗を得る「回生ブレーキ」だ。
 滑走が起きた場合、一旦ブレーキを解除して車輪をレール上で回転させなければならない。そのため、完全に解除できない回生ブレーキは切ってしまう。そして機械ブレーキのみで操作するのだが、なぜか切ったはずの回生ブレーキの制動力が残っていたためにスリップしたというのだ。前出業界関係者が語る。
「JR東は昨秋、回生ブレーキを完全に切って制動力をゼロにできるように改修を行った。そのため、今年の冬は併結しなかった」
 しかし再び事故は起きた。しかも前回は約百七十メートルほどのオーバーランだったが、今回は三倍以上の「大滑走」になったのだ。考えられる原因は二つ。回生ブレーキの改修に失敗したか、滑走の原因がほかにもあったか。
 今回の事故後のリリースでは、「滑走制御の機能は仕様通りに動作して(いた)」と発表しており、事実であれば少なくとも回生ブレーキの制動力はゼロになっていたようだ。だとすると、JR東は原因究明ができていないことになる。
 JR東は今回のオーバーラン発生後、一部のE3系の七両編成単独走行について早めにブレーキをかけて制動距離を長めにした。また下りの早朝発と最終列車などについては、昨年と同様、E5系などを連結する措置をとったという。
 手抜きの原因究明で運行して事故を再発させ、乗客の生命を危険にさらしたのは、鉄道事業者にあるまじき行為だ。JR東では昨年、他にも深刻なトラブルが相次いだ。今年に入ってからは、そのペースが加速している(下の表)。重大事故が起きる前には、軽微なトラブルが積み重なるという「ハインリッヒの法則」が頭をよぎる。

新社長の手腕に疑義

 そんな中、社長に就く喜㔟氏の責任は重大である。しかし同氏の手腕については各方面から疑念の声が上がっているのだ。喜㔟氏といえば、二二年に自身が主催した酒席で、過度の飲酒による救急搬送者を出したことで処分されたことが有名。こうした素行や酒癖の悪さを嫌うOBの間から「『喜㔟の社長就任に反対』との声が上がっていた」(運輸業界関係者)という。さらに、「横柄な物言いのため社内のみならず、所管する国土交通省でも懸念する向きがあった」(同前)。
 中でも最も危惧の念を強めているのが、現場社員である。JR東がかつて革マル系の労組に牛耳られていたことは周知の事実。しかし一八年の春に突如として大量の社員が労組を脱退して事実上解体された。これを背後で主導したのが喜㔟氏であり、社長就任はその論功行賞であった。
 その余波で、旧労組の残党が新たな組合を立ち上げたものの、現在でも大半の社員が組合に非加入のままだ。組合加入率が一〇〇%近いことも珍しくない鉄道業界では異例である。現在は、職場単位で作られた「社友会」がバラバラに三六協定を結ぶなど、会社側にとっても面倒な状況になっている。あるJR東幹部OBが語る。
「穏当な労組と協力体制を組んで、労働環境改善などに取り組むのが企業として健全ではないか」
 しかし社内は停滞したまま。JR東の冨田哲郎前会長は経団連のナンバー2である審議員会議長を務めている。経団連は今年一月、過半数労組がない企業における労使交渉のあり方について提言を行った。それは、有期雇用労働者も含めた働く人の代表者を民主的に決め、経営者側の代表との協議の場にある程度の契約締結権限を与えるというものだ。
 一見すると悪くない案にも思えるが、JR東の関係者は「ウチに当てはめると社友会をそのまま維持しようという計画にしか見えない」と漏らす。
 労組を解体しただけで、その後始末をしない喜㔟体制下では、現場軽視がさらに進み、今後も安全運行は脅かされる。


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