大往生考 第52話
独りきりで死なせない
佐野 海那斗
2024年4月号
「私の仕事の一つが、孤立した高齢者を見つけ、福祉避難所に連れてくることです」
能登半島で診療を続ける知人の医師には、地震以来、新たな職務が加わった。
先日も「兄を何とかして欲しい」と七十代の女性から相談された。その兄は震災で損壊した自宅から避難せず、一人でずっと閉じこもっていた。一人暮らしが長く、「偏屈な性格のため、周囲から嫌われている。援助を申し出た人を殴ったこともある」と女性は頭を抱える。
知人が自宅を訪問した時、兄は赤ら顔だった。昼間から酒を飲んでいたようだ。水道は使えなかったが、電気は通じていた。万年床の周囲には空になった缶詰やペットボトルが転がっていた。妹が定期的に差し入れていたのだろう。
長年にわたる無精で足腰は弱り、下半身は痩せ細っていた。知人が「お加減はいかがですか」と尋ねても、彼は無視を決め込んだ。妹だけでなく、定期的に訪問している役所や福祉関係の人々にも同じような態度をとっているのだろう。多忙な彼らは、生存を確認すれば、すぐに次の訪問先へと向かっているはずだ。
知人は、震災前からこのような状況の高齢者を数多・・・
能登半島で診療を続ける知人の医師には、地震以来、新たな職務が加わった。
先日も「兄を何とかして欲しい」と七十代の女性から相談された。その兄は震災で損壊した自宅から避難せず、一人でずっと閉じこもっていた。一人暮らしが長く、「偏屈な性格のため、周囲から嫌われている。援助を申し出た人を殴ったこともある」と女性は頭を抱える。
知人が自宅を訪問した時、兄は赤ら顔だった。昼間から酒を飲んでいたようだ。水道は使えなかったが、電気は通じていた。万年床の周囲には空になった缶詰やペットボトルが転がっていた。妹が定期的に差し入れていたのだろう。
長年にわたる無精で足腰は弱り、下半身は痩せ細っていた。知人が「お加減はいかがですか」と尋ねても、彼は無視を決め込んだ。妹だけでなく、定期的に訪問している役所や福祉関係の人々にも同じような態度をとっているのだろう。多忙な彼らは、生存を確認すれば、すぐに次の訪問先へと向かっているはずだ。
知人は、震災前からこのような状況の高齢者を数多・・・