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連載

本に遇う 第291話

時代の気分について
河谷 史夫

2024年3月号

 「精神史的考察」という副題の小野紀明著『西洋政治思想史講義』を読んでいたら、精神史とは「所与の時代の不定形な気分を『理解』することである」とあった。
 ドイツのディルタイらを中心に開発された方法論だそうである。個人の生の基底には共同体的生が横たわっていて、その共同体的情緒が不定形な「雰囲気」「気分」となるのだが、「所与の時代の芸術、哲学、政治思想といった『表現』を可能な限り順次扱いながら、時代の気分を解明して肉薄し、その時代と他の時代との相違を際立たせることを目指す」というのである。
 かくて「その後のあらゆる時代の共同体の、そして政治の運命の原型を示して」いるというギリシャ文明におけるポリス政治の起源から衰退までが、ホメロスとサッフォの詩からアイスキュロスやソポクレスの悲喜劇作品、ゴルギアスやソクラテス、プラトンら哲学者を経巡って叙述される。
 その伝でイタリアでは「不条理と人間の醜さ」を抉り出すマニエリスムとともに「近代的政治」の出発点とされる嘘と力を説いたマキャベリが語られ、イギリスではシェイクスピアのあとにホッブズからベンサムに至る近代自由主義の・・・