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連載

現代史の言霊  第71話

ソ連人民代議員大会選挙 (1989年)
伊熊 幹雄

2024年3月号

たった一人の候補者しかいない
ビクトル・オースキン(モスクワ市の技術者)

 本稿執筆中に、ロシアの政治活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏が獄中で死亡するという陰惨な事件が起きた。本稿は1989年という、ソ連・東欧共産圏の変動期を追っている。時計の針を大きく巻き戻すような事件が、なぜ35年後の今も起きるのか。

国民も半信半疑の「選挙」

 89年初頭、ソ連社会は大きな岐路を迎えていた。ソ連共産党のミハイル・ゴルバチョフ書記長の指導下で、ペレストロイカ(立て直し)の改革路線が始まって何年か経ったのに、ソ連の経済や社会は一向に良くなる兆しを見せていなかった。
 ゴルバチョフは改革路線を加速化させることで事態を乗り切る方向に舵を切った。第二次世界大戦後の共産圏ではほとんど見られなかった、「国民が直接、国権の代表者を選ぶ」実験が始まった。「ソ連人民代議員大会選挙」である。
 ソ連ではそれまで、国権の最高機関は「最高ソビエト(最高会議)」だっ・・・