大正製薬「MBO」は悪評だらけ
華麗なる上原一族の欲得丸出し
2024年1月号公開
「本当にふざけている」(シンガポールのヘッジファンドマネージャー)。
大正製薬ホールディングスがMBO(経営陣の参加する買収)による非公開化を決断した。その規模七千億円超。過去最大級のMBOとして注目されるが、株式市場関係者からはとにかく評判が悪い。「こんなに株主を馬鹿にしている企業は初めて見た」(国内生保関係者)と悪評しか出てこない。
最大の理由は八千六百二十円というTOB(株式公開買い付け)価格だ。株価純資産倍率(PBR)で一倍を大きく割り込んでいる。PBR一倍とは解散価値と同義。つまり会社を解散して全資産を株主に分配してくれた方が、大正製薬の現株主は計算上、今回のTOBに応じるより得をする。東京証券取引所がPBR一倍割れ企業にダメ出しをしているこのご時世に「よく恥も外聞もなくこんなTOB価格を出せたものだ」(製薬大手幹部)。
にもかかわらず大正製薬は、直近株価に対して五六%のプレミアムをつけたと胸を張る。これを厚顔無恥と言わずしてなんと言おう。プレミアムの数字だけみれば確かにそうだ。だがこのプレミアムには数年越しの用意周到なからくりがある。
ひたすら株価を下げる努力
プレミアムは通常、発表直前の株価や直近一カ月または同三カ月の平均株価との比較で語られる。つまり発表前の株価を限りなく低くすれば、プレミアムは高くなる。今回のMBOを主導する創業家の上原茂副社長やその父親の上原明社長らは「数年前からMBOを画策していたはず」(大正製薬OB)と囁かれる。MBOは経営陣らが買い手になるため、安く買収したいという心理が働き、利益相反が起こりやすい。案の定、上原家はじつに何年もかけて株価を上げるどころか、ひたすら下げる努力をしてきたようだ。
大正製薬をここ数年、取材していたマスコミや証券アナリストらは口をそろえて「全く対応してくれない。関心を持ってもらわなくて結構ですと平気で言われる」(ヘルスケア担当アナリスト)とこぼす。上場企業ならば通常、アナリストらに成長戦略を訴えて株価を上げようと努力するはずだ。
株価軽視の最たる動きが、二〇二二年春の東証の市場改革の際に、プライム市場ではなくスタンダード市場を選んだことだ。これほどの規模の会社がプライムを選ばなかったことに当時、各方面から驚きの声が上がった。スタンダード銘柄はグローバルな大手機関投資家の投資対象から自動的に外れる可能性が高く、株価下落を誘発しかねない。
当時は大正製薬の決断を不思議がる声が多く出たが、今思えば合点がいく。
それだけではない。大正製薬がMBOを発表したのは十一月二十四日。そのわずか二週間前に二四年三月期の中間決算を発表している。ここで大正製薬は通期の純利益の見通しを二十五億円減額し、前期比四五%減の百五億円に下方修正した。主因は早期退職による割増退職金で六十億円強の特別損失が発生したことだ。特に赤字でもなく、このタイミングでの早期退職実施に首をかしげる業界関係者は多かった。
さらに言えば、通期の予想に対する上期の純利益の進捗率は下方修正の結果、七割を超えた。「下方修正しなくても期初の純利益予想には届くと感じた」(大手証券のヘルスケア担当アナリスト)。早期退職の実施時期といい、上期の決算数字が悪くないのに下方修正した点といい、株価を下げたかったと考えればすべて辻褄は合う。
「努力」の甲斐あって、中間決算発表の翌営業日の株価は三%以上下落した。もう少し長い目で見ると、あの手この手の結果、一八年に一万四千円を超えていた株価は、わずか五年で約四割も下落している。株価がTOB価格より高い一六年~一九年に株を買った人は、今回のMBOで損を被るのだ。
真の理由は二つ
お見事と言うしかない中長期的な株価下落戦術。そもそもなぜ上原家はMBOを実施するのか。発表文には「真の理由が何も書いていない」(大正製薬関係者)。真の理由は二つある。前出のOBは「プライドの高い上原親子が、株主という他人に指図されるのが嫌になったことと、相続税対策」とその狙いを喝破する。
二三年六月の定時株主総会で、上原明社長と茂副社長の取締役選任議案の賛成比率は七四・七二%と八七・九一%にとどまった。全く褒められた数字ではない。しかも株主構成を見ると筆頭株主は二割近くの株を持つ上原記念生命科学財団。二位は上原明社長の父親の昭二名誉会長で、事実上、上原家で四割近くを保有する。
持ち合い株などがあり安定株主比率が高いにもかかわらず、賛成比率がこれだけしか集まらなかった。一般株主の相当数が反対したことになる。株主は上原親子が牛耳る大正製薬が、株主軽視ということを見抜いていたのだ。上原親子は深く傷ついたはずだ。
そしてもう一つの理由が相続税対策だ。「高齢の昭二名誉会長の保有株の相続問題が絡んでいる」(業界紙記者)。昭二名誉会長の株式を相続することになると、株価が存在する上場企業のままだと巨額の相続税が発生する。MBOで非上場化すれば、評価額の引き下げが可能だ。また巨額のTOB資金をLBOローンとして銀行から借り入れれば、純資産が小さくなり、株式評価額をさらに下げられる。
だが今回のTOB総額はとにかく巨額。融資を取り付けるのは困難なはずだ。その資金を供給するのが三井住友銀行。よくこんな巨額の融資を上原家に出せるものだと思いきや、そこにはまた別のからくりがある。じつは明社長の父が昭二名誉会長というのは養子に入ったからであって、実父は住友銀行頭取を務め「住銀の法皇」と呼ばれた堀田庄三氏なのだ。
さらに昭二名誉会長の次女と結婚し、大正製薬の取締役などを務めた大平明相談役は、大平正芳・元内閣総理大臣の息子。三井住友銀からすれば、かつての法皇の血を引く上原明社長をはじめとする華麗なる一族の融資要請が断れるわけがない。「目をつぶって貸したのだろう」(三井住友銀関係者)と囁かれている。ちなみにMBO後にホールディングス社長に昇格する茂副社長は、慶應幼稚舎から慶應義塾大学に上がった生粋の慶應ボーイ。そしてその子息も幼稚舎に通う。
こうして多くの株主に煮え湯を飲ませながら、華麗なる一族の市場からの逃亡劇の舞台は整った。上原家の持ち分が四割あることや持ち合い株の存在を考えると、三分の二が下限というMBOの成立条件を満たす可能性は高い。
だがこんな横暴は許すまじ、とアクティビスト(物言う株主)がMBO阻止に向け、株を買い集めているという噂も飛び交う。実際、株価はTOB価格を超えて取引される局面もある。上原家に市場の鉄槌はくだるのだろうか。
大正製薬ホールディングスがMBO(経営陣の参加する買収)による非公開化を決断した。その規模七千億円超。過去最大級のMBOとして注目されるが、株式市場関係者からはとにかく評判が悪い。「こんなに株主を馬鹿にしている企業は初めて見た」(国内生保関係者)と悪評しか出てこない。
最大の理由は八千六百二十円というTOB(株式公開買い付け)価格だ。株価純資産倍率(PBR)で一倍を大きく割り込んでいる。PBR一倍とは解散価値と同義。つまり会社を解散して全資産を株主に分配してくれた方が、大正製薬の現株主は計算上、今回のTOBに応じるより得をする。東京証券取引所がPBR一倍割れ企業にダメ出しをしているこのご時世に「よく恥も外聞もなくこんなTOB価格を出せたものだ」(製薬大手幹部)。
にもかかわらず大正製薬は、直近株価に対して五六%のプレミアムをつけたと胸を張る。これを厚顔無恥と言わずしてなんと言おう。プレミアムの数字だけみれば確かにそうだ。だがこのプレミアムには数年越しの用意周到なからくりがある。
ひたすら株価を下げる努力
プレミアムは通常、発表直前の株価や直近一カ月または同三カ月の平均株価との比較で語られる。つまり発表前の株価を限りなく低くすれば、プレミアムは高くなる。今回のMBOを主導する創業家の上原茂副社長やその父親の上原明社長らは「数年前からMBOを画策していたはず」(大正製薬OB)と囁かれる。MBOは経営陣らが買い手になるため、安く買収したいという心理が働き、利益相反が起こりやすい。案の定、上原家はじつに何年もかけて株価を上げるどころか、ひたすら下げる努力をしてきたようだ。
大正製薬をここ数年、取材していたマスコミや証券アナリストらは口をそろえて「全く対応してくれない。関心を持ってもらわなくて結構ですと平気で言われる」(ヘルスケア担当アナリスト)とこぼす。上場企業ならば通常、アナリストらに成長戦略を訴えて株価を上げようと努力するはずだ。
株価軽視の最たる動きが、二〇二二年春の東証の市場改革の際に、プライム市場ではなくスタンダード市場を選んだことだ。これほどの規模の会社がプライムを選ばなかったことに当時、各方面から驚きの声が上がった。スタンダード銘柄はグローバルな大手機関投資家の投資対象から自動的に外れる可能性が高く、株価下落を誘発しかねない。
当時は大正製薬の決断を不思議がる声が多く出たが、今思えば合点がいく。
それだけではない。大正製薬がMBOを発表したのは十一月二十四日。そのわずか二週間前に二四年三月期の中間決算を発表している。ここで大正製薬は通期の純利益の見通しを二十五億円減額し、前期比四五%減の百五億円に下方修正した。主因は早期退職による割増退職金で六十億円強の特別損失が発生したことだ。特に赤字でもなく、このタイミングでの早期退職実施に首をかしげる業界関係者は多かった。
さらに言えば、通期の予想に対する上期の純利益の進捗率は下方修正の結果、七割を超えた。「下方修正しなくても期初の純利益予想には届くと感じた」(大手証券のヘルスケア担当アナリスト)。早期退職の実施時期といい、上期の決算数字が悪くないのに下方修正した点といい、株価を下げたかったと考えればすべて辻褄は合う。
「努力」の甲斐あって、中間決算発表の翌営業日の株価は三%以上下落した。もう少し長い目で見ると、あの手この手の結果、一八年に一万四千円を超えていた株価は、わずか五年で約四割も下落している。株価がTOB価格より高い一六年~一九年に株を買った人は、今回のMBOで損を被るのだ。
真の理由は二つ
お見事と言うしかない中長期的な株価下落戦術。そもそもなぜ上原家はMBOを実施するのか。発表文には「真の理由が何も書いていない」(大正製薬関係者)。真の理由は二つある。前出のOBは「プライドの高い上原親子が、株主という他人に指図されるのが嫌になったことと、相続税対策」とその狙いを喝破する。
二三年六月の定時株主総会で、上原明社長と茂副社長の取締役選任議案の賛成比率は七四・七二%と八七・九一%にとどまった。全く褒められた数字ではない。しかも株主構成を見ると筆頭株主は二割近くの株を持つ上原記念生命科学財団。二位は上原明社長の父親の昭二名誉会長で、事実上、上原家で四割近くを保有する。
持ち合い株などがあり安定株主比率が高いにもかかわらず、賛成比率がこれだけしか集まらなかった。一般株主の相当数が反対したことになる。株主は上原親子が牛耳る大正製薬が、株主軽視ということを見抜いていたのだ。上原親子は深く傷ついたはずだ。
そしてもう一つの理由が相続税対策だ。「高齢の昭二名誉会長の保有株の相続問題が絡んでいる」(業界紙記者)。昭二名誉会長の株式を相続することになると、株価が存在する上場企業のままだと巨額の相続税が発生する。MBOで非上場化すれば、評価額の引き下げが可能だ。また巨額のTOB資金をLBOローンとして銀行から借り入れれば、純資産が小さくなり、株式評価額をさらに下げられる。
だが今回のTOB総額はとにかく巨額。融資を取り付けるのは困難なはずだ。その資金を供給するのが三井住友銀行。よくこんな巨額の融資を上原家に出せるものだと思いきや、そこにはまた別のからくりがある。じつは明社長の父が昭二名誉会長というのは養子に入ったからであって、実父は住友銀行頭取を務め「住銀の法皇」と呼ばれた堀田庄三氏なのだ。
さらに昭二名誉会長の次女と結婚し、大正製薬の取締役などを務めた大平明相談役は、大平正芳・元内閣総理大臣の息子。三井住友銀からすれば、かつての法皇の血を引く上原明社長をはじめとする華麗なる一族の融資要請が断れるわけがない。「目をつぶって貸したのだろう」(三井住友銀関係者)と囁かれている。ちなみにMBO後にホールディングス社長に昇格する茂副社長は、慶應幼稚舎から慶應義塾大学に上がった生粋の慶應ボーイ。そしてその子息も幼稚舎に通う。
こうして多くの株主に煮え湯を飲ませながら、華麗なる一族の市場からの逃亡劇の舞台は整った。上原家の持ち分が四割あることや持ち合い株の存在を考えると、三分の二が下限というMBOの成立条件を満たす可能性は高い。
だがこんな横暴は許すまじ、とアクティビスト(物言う株主)がMBO阻止に向け、株を買い集めているという噂も飛び交う。実際、株価はTOB価格を超えて取引される局面もある。上原家に市場の鉄槌はくだるのだろうか。
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