結婚している女優が恋をして、世間から猛烈にバッシングされる。それを見て、この人の名を思い出した。鳥尾子爵夫人―。ＧＨＱのチャールズ・ケーディス民政局次長と恋愛関係になり、様々な悪評を立てられた。
　常に「子爵夫人」として語られる彼女だが、生まれながらの華族ではない。結婚前の名は下條鶴代。祖父の下條正雄は貴族院議員で日本画家としても著名であった。
　鶴代は祖父が所有する麹町の広大な屋敷で育った。父は三井物産に勤めた後、祖父の遺産で遊び暮らし、一方、母は家から一歩も出ることなく、一日中、縫い物や編み物をして過ごす。夫の愛人が家に押しかけてきても暗い顔をして耐えている。それを見て鶴代は「母のような女には絶対にならない。男のように生きてみせる。自由奔放に人生を楽しむ」と子ども心に誓ったという。
　小学校は女子学習院に通った。当時の学習院は華族が通う特別な学校だったが、一級に二、三人だけ非華族でも成績優秀な良家の娘に限り、入学が許可された。
　華族の子どもたちは学費免除。一方、鶴代たちは月謝を払う。月謝袋を持っていると、級友が寄ってきて、汚いものをつまむよ・・・