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連載

をんな千一夜 第80話

知里 幸惠 アイヌ神謡を守った乙女
石井 妙子

2023年11月号

先日、北海道の道東と言われる地域を回った。釧路から根室、知床へ。海の向こうには北方四島のひとつ国後島が見渡せ、森は深く、河は平地をうねるように続く。白樺の林には鹿やヒグマがおり、湿原には丹頂鶴が舞い降りてくる。北海道全域で見られたというシマフクロウは現在、この道東の一部にしか棲息しないという。北海道の先住民であるアイヌは動物も神と考えるが、とりわけシマフクロウは神の中の神として崇められた。
「銀の滴降る降る回りに、金の滴降る降るまわりに」―。
 アイヌ間で口伝えに語られてきたシマフクロウの神謡に、この美しい日本語訳をあてたのは、アイヌの少女、知里幸惠である。
 知里は明治三十六(一九〇三)年、北海道の登別に生まれた。家はアイヌ酋長の家系で、父の名は高吉、母の名はナミ。だが、六歳でナミの姉にあたる金成マツの養女となり、旭川に転居した。
 アイヌの習俗を守り、口の周りに入れ墨をしていた養母マツはアイヌであることを誇りとし、「和人(日本人)に負けてはいけない」と姪の幸惠を叱咤した。家には幸惠の祖母にあたる金成モナシノウクもおり、女三世代の生活となる。{・・・