【2023年11月号掲載】企業研究・フジテレビ
老独裁者「日枝久」の朽ち逝く館
2023年11月号公開
どんな組織も、崩壊していく道筋には共通項がある。トップが失敗の責任をとらない。責任逃れをしても、出世欲と保身で目の曇った取り巻きによって権力が温存される。トップはいつまでも居座り続け、新陳代謝が働かない―。こうした要素を全て抱え、組織の士気を下げるだけの老独裁者によって凋落の一途を辿っているのが、フジテレビジョンである。
七月十日、フジテレビの新体制全体会議で会長・宮内正喜は「業績は深刻だ。緊急事態だ」と危機感を吐露した。持ち株会社フジ・メディア・ホールディングスの中核であるフジテレビの二〇二三年度第1四半期決算が、一七年度の第2四半期以来の営業赤字となったことを受けての発言だった。
業界内の反応は「六年前の営業赤字の報には驚いたが、今回は『当たり前』と感じた」と冷ややかだ。それほど視聴率は長期低迷し、放送収入の落ち込みが止まらない。売上高に占める放送収入は約三〇%、残る約七〇%が放送外収入という厳しさは、放送収入が五〇%超の日本テレビとテレビ朝日、約四〇%のTBSと、他のキー局と比べれば一目瞭然だ。
フジテレビからは、視聴者に支持される番組を制作し、稼ごうという覇気さえ失われている。一九八〇年代に「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチコピーを掲げ、十二年連続で業界トップの業績を上げた輝かしいリーディングカンパニーが、今や「もう実質的にテレビ局ではない」(民放準キー局幹部)とまで言われる。その元凶が、三十五年にわたってフジテレビを支配し、今も取締役相談役として比類なき影響力を持つ八十五歳の日枝久である。
日枝了承でジャニーズと濃密関係
日枝の罪は、権力に異常なまでに執着し、取り巻きばかりが跋扈する「社風」を作りあげたことだ。その独裁者ぶりと、周囲の度が過ぎた忖度を示す逸話はいくつもある。大手広告代理店・電通に勤める日枝の息子が適齢期になっても局長級のポストが得られず、フジテレビの幹部が集まって「どうしたら、ご子息は局長になれるだろうか」と本業そっちのけで戦術を練った話。あるいは、年末になると局内で社員が「(日枝)会長、(宮内)社長」とコールする中を、会長だった日枝と社長だった宮内、そして二人の取り巻きたちが練り歩く「大名行列」が行われ、フジテレビの風物詩となっていたというエピソード。大手広告代理店幹部は「他局では見られない異様な光景だった」と振り返る。
五十歳の若さでフジテレビ社長に就任した日枝は、現在は同社の取締役相談役を務めながら、七十七社と四つの法人、三つの美術館を傘下に持ち、一万三千人の従業員を抱えるフジサンケイグループの代表の座にある。毎日のように東京・台場のフジテレビ本社に出社し、「睨みを利かせている」(同社関係者)のは、人事権という「力の源泉」を手放さないためだ。
人事にエネルギーを費やし過ぎるせいか、日枝にはテレビ局としてのフジテレビの充実を図る熱意が薄いともいわれる。もとより、人事だけで業績が回復するはずもなく、系列の制作会社社長だった港浩一をフジテレビ社長に抜擢した二〇二二年の異例の人事も、長引く視聴率の低迷打開には「現場をよく知る人間を使えばいい」と安直に考えたからのようだが、小手先の対応では焼け石に水だった。二三年度上半期(四〜九月)の個人視聴率でフジテレビは、「全日」「ゴールデン」「プライム」の三分野で、いずれもキー局では四位と低迷したままだ。開局六十五周年の節目の年ということもあり、七十一歳の港は反転攻勢に向けて発破をかけるが、その声は不思議なほど組織に浸透していかない。
十月の番組改編でも、各局が力を入れた番組を揃える「月9」(月曜日夜九時放送)の枠にフジテレビがぶつけた連続ドラマの視聴率は、二話目にして世帯視聴率五・五%と大苦戦、精彩を欠く。
旧ジャニーズ事務所の創業者による性加害問題も、追い打ちをかけた。同事務所とフジテレビの間に、人事交流まで含む深い関係があったからだ。
旧ジャニーズ事務所の社長を務めた藤島ジュリー景子は、上智大学卒業後、フジテレビに入社して秘書室に勤務した後、一九九三年に同事務所に入った経歴を持つ。二〇二二年三月まで、フジテレビ社員が同事務所に出向する人事交流もあった。フジテレビ編成部長も務めた日本民間放送連盟会長の遠藤龍之介が記者会見で「ビジネスパートナーとして、過去、いろいろなお付き合いをした。だからといって、(ジャニー喜多川の性加害事案について)特別なバイアスがあるということはない」と語った内容を、額面通りに受け止める業界関係者はいない。
二〇〇〇年代に、旧ジャニーズ事務所所属の人気グループ「SMAP」のメンバーだった稲垣吾郎や草彅剛が不祥事を起こした際も、釈明・謝罪の記者会見で失言がないよう、フジテレビ社員が発言内容を事前にチェックし、「事実上、記者会見をプロデュースした」(民放キー局番組プロデューサー)という。
さすがに旧ジャニーズ事務所の廃業宣言に至って、フジテレビもスポンサーからの厳しい視線を意識し、十月二十一日に「週刊フジテレビ批評 特別版」と題した二十分余りの検証番組を放送した。編成制作、報道、情報制作の三局長が番組内で同事務所に対する「忖度があった」と認め、反省の弁を繰り返す内容だが、藤島のフジテレビ勤務の過去や同事務所への出向者の存在には触れず、「アリバイ作り」(地方局幹部)と揶揄された。同事務所絡みの人事にも「日枝の了承があったことは間違いない」(フジテレビ編成制作局OB)以上、「下手な自己批判は日枝批判にもつながりかねない」と考えたようだ。これでは検証も何もあったものではない。テレビ局が視聴者から信用されなくなれば、報道機関として立っていられない。
「コネ入社」の悪弊と人材流出
ドラマ制作部門では、日枝の独裁体制が固まるにつれて局内の空気が澱み、嫌気のさした人材が流出していった。
救急医療を扱った社会派ドラマ「コード・ブルー」等をプロデュースした増本淳もその一人で、一九年にフジテレビを退社した後、ネットフリックスで東京電力福島第一原子力発電所の事故を題材にした「THE DAYS」をプロデュースし、大ヒットさせた。増本はフジテレビを退社した経緯を「社員は脚本を書いてはいけないとの不文律があって、脚本も書きたいとの思いがかなわないことが理由の一つだった」と語っている。社内から自由な気風が失われていた様子がうかがえる。
視聴率の低迷が続き、経営が厳しくなり、人員削減に手を付け、それを機に有能な人材が真っ先に流出し、視聴率低迷から抜け出せない。悪循環は、二一年に早期退職制度で退職希望者を募ったあたりから、いよいよ深刻になった。
人材不足は、フジテレビが得意としてきたバラエティー部門も例外ではない。
九月四日、フジテレビの秋の番組改編を発表する記者会見に、元テレビ東京のプロデューサー・佐久間宣行が同席した。佐久間が挨拶で「二十三年前にフジテレビを受験し、落ちた。そんな私がフジテレビのゴールデンの番組を担当させてもらえるとは」と述べると、関係者は複雑な表情を隠せなかった。佐久間がテレビ東京にいた頃から、バラエティー番組の制作で高い評価を受けていたことは確かだ。それにしても、かつては「バラエティーといえばフジ」と言われたほどの人材の宝庫が払底し、万年最下位から人を得なければならなくなったのは、凋落の象徴といえよう。
人材の流出以前に、日枝体制のもとで繰り返される「コネ入社」の悪弊も指摘されている。
ざっと見渡しただけでも、元財務大臣・中川昭一、元防衛大臣・岸信夫、プロ野球の田淵幸一や野村弘樹、歌手で俳優の藤井フミヤや陣内孝則と、政治家、スポーツ選手、俳優の娘や息子が多数在籍していたか、今も在籍中だ。
なにも、著名人の娘や息子が無能だというわけではない。コネ入社が横行すると、似たような背景を持つ二世、三世が増えて多様性が失われ、コネなしで入社した他の社員の「モチベーションを下げる」(フジテレビの若手社員)という副作用もある。「コネ入社」が、番組制作力の低下を招いた一因と言われるゆえんだ。
グループの実態は「不動産業者」
そもそもフジテレビの番組制作費は二二年度が七百二十一億円と、日本テレビの八百七十五億円、テレビ朝日の七百七十三億円、TBSの九百五十二億円と比べ、いかにも寂しい。会社全体に「番組制作軽視」の傾向があると言われても仕方ないだろう。
もっとも、テレビ局の「本業」が低迷しても、フジサンケイグループの主体であるフジ・メディア・ホールディングスの収益は安定しているから、日枝に切迫感がない。同ホールディングスの決算資料によると、メディア・コンテンツ、都市開発・観光、その他と大きく三つに分かれた事業のうち、「サンケイビル」や「グランビスタホテル&リゾート」など不動産系の会社が稼ぎ頭となっている。一八年度から二二年度までの五年間、いずれの年もフジテレビの営業利益はサンケイビルに劣っていた。
一九五一年に設立されたサンケイビルの主な事業は不動産とホテル経営で、オフィスや住宅の賃貸、住宅販売や物件の売却も手掛けている。二〇二二年度の営業利益は、フジテレビの七十六億円を大きく上回る百二十六億円をたたき出した。対照的に、フジテレビの放送収入は五年間で三百億円も減少した。放送収入のうち、視聴率に左右される「スポット収入」を見ると、民放キー局におけるフジテレビのシェアは二三年度上期で約一九・五%。大手広告代理店OBは「圧倒的に強かったフジの営業力は見る影もない」と語る。
サンケイビルの現社長・飯島一暢は三菱商事からフジテレビに転職し、一時は日枝の右腕として経営戦略担当の取締役を務めた人物だ。「フジは飯島で持っている」(自民党関係者)と言われたほど、テレビ局の生え抜きにはないビジネスセンスで活躍し、永田町や霞が関でも評価が高かった。それが周囲の嫉妬を買ったのか、フジテレビを外れ、一二年にサンケイビルの社長に就いた。テレビ局で居場所を失った飯島が不動産で日枝を支える構図は、皮肉と言うべきか、日枝の強運と見るべきか。
有力政治家に依存する日枝体制
日枝と親密だった元総理大臣・安倍晋三が生前、「日枝さんのように社長を辞めてしまえば、経営責任を取る事はなくなるから、ずっと会社を支配できる」と評したという話は、日枝の権力の核心を突いている。グループのトップに君臨していても、傘下企業の経営責任は、それぞれの社長が担う。「責任なき権力」である。
山梨県にある日枝の別荘と安倍の別荘が近かったことを理由に別荘地で何度も会食を重ね、同じ早稲田大学出身の総理大臣・岸田文雄や元総理大臣・森喜朗とも昵懇の間柄を印象づけている。単なる「政治好き」ではなく、有力政治家との近さが組織内での求心力維持に役立つからだ。
報道機関を抱えるグループのトップとして与党政治家とべったりの姿は不適切だという批判は、日枝の耳には入らないようだ。それどころか、有力政治家との会食後、記者団を前に得意げに会食の様子をブリーフする姿に、健全な政権監視を期待できようか。
日枝には、かつて系列のニッポン放送が実業家・堀江貴文のライブドアに買収されそうになった悪夢を繰り返したくないという組織防衛の発想もある。
フジテレビが〇八年、民放キー局の先陣を切って「認定放送持株会社」に移行したのも、ライブドアの買収未遂劇を教訓に、株主が最大三分の一までしか出資できないようにする買収防止策だった。外資の株買い占めを規制する仕組みを含め、法律で堅く守られている分、立法府の風向きが気になる。電波利用料にしても、民放キー局が国庫に納める金額は一局あたり年間六億円程度で、通信事業者より割安だ。「もっと納めさせるべきだ」(財務省OB)といった声を抑え込むためにも、政党や政治家との関係が重要になる。
地上波では「日曜報道 THE PRIME」、BSフジは「プライムニュース」と、政治家が出演する頻度の高い番組を持つのも、名前や活躍をアピールしたい政治家に恩を売る効用もある。年に一度、ホテルで開く番組のパーティーには多くの政治家を招き、二三年秋には岸田も駆けつけた。
プライムニュースのキャスター反町理は、日枝の「代理」として永田町とのパイプ役を務め、二一年にフジテレビの外資規制違反が発覚した際には「政治家への釈明役」(総務省OB)を担い、論功行賞で取締役に就任している。
フジサンケイグループの大立者だった鹿内信隆に連なる「鹿内家」支配から権力を奪い取った日枝は、「サラリーマン社長」にありがちな弱さはなく、権力への執着も人一倍強い。公共性の高いテレビ局を規制という壁に守られた自らの「城」に仕立てた腕力を、報道や番組制作の王道のためではなく権力維持に使い続けるなら、フジテレビの再生は遠い。(敬称略)
七月十日、フジテレビの新体制全体会議で会長・宮内正喜は「業績は深刻だ。緊急事態だ」と危機感を吐露した。持ち株会社フジ・メディア・ホールディングスの中核であるフジテレビの二〇二三年度第1四半期決算が、一七年度の第2四半期以来の営業赤字となったことを受けての発言だった。
業界内の反応は「六年前の営業赤字の報には驚いたが、今回は『当たり前』と感じた」と冷ややかだ。それほど視聴率は長期低迷し、放送収入の落ち込みが止まらない。売上高に占める放送収入は約三〇%、残る約七〇%が放送外収入という厳しさは、放送収入が五〇%超の日本テレビとテレビ朝日、約四〇%のTBSと、他のキー局と比べれば一目瞭然だ。
フジテレビからは、視聴者に支持される番組を制作し、稼ごうという覇気さえ失われている。一九八〇年代に「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチコピーを掲げ、十二年連続で業界トップの業績を上げた輝かしいリーディングカンパニーが、今や「もう実質的にテレビ局ではない」(民放準キー局幹部)とまで言われる。その元凶が、三十五年にわたってフジテレビを支配し、今も取締役相談役として比類なき影響力を持つ八十五歳の日枝久である。
日枝了承でジャニーズと濃密関係
日枝の罪は、権力に異常なまでに執着し、取り巻きばかりが跋扈する「社風」を作りあげたことだ。その独裁者ぶりと、周囲の度が過ぎた忖度を示す逸話はいくつもある。大手広告代理店・電通に勤める日枝の息子が適齢期になっても局長級のポストが得られず、フジテレビの幹部が集まって「どうしたら、ご子息は局長になれるだろうか」と本業そっちのけで戦術を練った話。あるいは、年末になると局内で社員が「(日枝)会長、(宮内)社長」とコールする中を、会長だった日枝と社長だった宮内、そして二人の取り巻きたちが練り歩く「大名行列」が行われ、フジテレビの風物詩となっていたというエピソード。大手広告代理店幹部は「他局では見られない異様な光景だった」と振り返る。
五十歳の若さでフジテレビ社長に就任した日枝は、現在は同社の取締役相談役を務めながら、七十七社と四つの法人、三つの美術館を傘下に持ち、一万三千人の従業員を抱えるフジサンケイグループの代表の座にある。毎日のように東京・台場のフジテレビ本社に出社し、「睨みを利かせている」(同社関係者)のは、人事権という「力の源泉」を手放さないためだ。
人事にエネルギーを費やし過ぎるせいか、日枝にはテレビ局としてのフジテレビの充実を図る熱意が薄いともいわれる。もとより、人事だけで業績が回復するはずもなく、系列の制作会社社長だった港浩一をフジテレビ社長に抜擢した二〇二二年の異例の人事も、長引く視聴率の低迷打開には「現場をよく知る人間を使えばいい」と安直に考えたからのようだが、小手先の対応では焼け石に水だった。二三年度上半期(四〜九月)の個人視聴率でフジテレビは、「全日」「ゴールデン」「プライム」の三分野で、いずれもキー局では四位と低迷したままだ。開局六十五周年の節目の年ということもあり、七十一歳の港は反転攻勢に向けて発破をかけるが、その声は不思議なほど組織に浸透していかない。
十月の番組改編でも、各局が力を入れた番組を揃える「月9」(月曜日夜九時放送)の枠にフジテレビがぶつけた連続ドラマの視聴率は、二話目にして世帯視聴率五・五%と大苦戦、精彩を欠く。
旧ジャニーズ事務所の創業者による性加害問題も、追い打ちをかけた。同事務所とフジテレビの間に、人事交流まで含む深い関係があったからだ。
旧ジャニーズ事務所の社長を務めた藤島ジュリー景子は、上智大学卒業後、フジテレビに入社して秘書室に勤務した後、一九九三年に同事務所に入った経歴を持つ。二〇二二年三月まで、フジテレビ社員が同事務所に出向する人事交流もあった。フジテレビ編成部長も務めた日本民間放送連盟会長の遠藤龍之介が記者会見で「ビジネスパートナーとして、過去、いろいろなお付き合いをした。だからといって、(ジャニー喜多川の性加害事案について)特別なバイアスがあるということはない」と語った内容を、額面通りに受け止める業界関係者はいない。
二〇〇〇年代に、旧ジャニーズ事務所所属の人気グループ「SMAP」のメンバーだった稲垣吾郎や草彅剛が不祥事を起こした際も、釈明・謝罪の記者会見で失言がないよう、フジテレビ社員が発言内容を事前にチェックし、「事実上、記者会見をプロデュースした」(民放キー局番組プロデューサー)という。
さすがに旧ジャニーズ事務所の廃業宣言に至って、フジテレビもスポンサーからの厳しい視線を意識し、十月二十一日に「週刊フジテレビ批評 特別版」と題した二十分余りの検証番組を放送した。編成制作、報道、情報制作の三局長が番組内で同事務所に対する「忖度があった」と認め、反省の弁を繰り返す内容だが、藤島のフジテレビ勤務の過去や同事務所への出向者の存在には触れず、「アリバイ作り」(地方局幹部)と揶揄された。同事務所絡みの人事にも「日枝の了承があったことは間違いない」(フジテレビ編成制作局OB)以上、「下手な自己批判は日枝批判にもつながりかねない」と考えたようだ。これでは検証も何もあったものではない。テレビ局が視聴者から信用されなくなれば、報道機関として立っていられない。
「コネ入社」の悪弊と人材流出
ドラマ制作部門では、日枝の独裁体制が固まるにつれて局内の空気が澱み、嫌気のさした人材が流出していった。
救急医療を扱った社会派ドラマ「コード・ブルー」等をプロデュースした増本淳もその一人で、一九年にフジテレビを退社した後、ネットフリックスで東京電力福島第一原子力発電所の事故を題材にした「THE DAYS」をプロデュースし、大ヒットさせた。増本はフジテレビを退社した経緯を「社員は脚本を書いてはいけないとの不文律があって、脚本も書きたいとの思いがかなわないことが理由の一つだった」と語っている。社内から自由な気風が失われていた様子がうかがえる。
視聴率の低迷が続き、経営が厳しくなり、人員削減に手を付け、それを機に有能な人材が真っ先に流出し、視聴率低迷から抜け出せない。悪循環は、二一年に早期退職制度で退職希望者を募ったあたりから、いよいよ深刻になった。
人材不足は、フジテレビが得意としてきたバラエティー部門も例外ではない。
九月四日、フジテレビの秋の番組改編を発表する記者会見に、元テレビ東京のプロデューサー・佐久間宣行が同席した。佐久間が挨拶で「二十三年前にフジテレビを受験し、落ちた。そんな私がフジテレビのゴールデンの番組を担当させてもらえるとは」と述べると、関係者は複雑な表情を隠せなかった。佐久間がテレビ東京にいた頃から、バラエティー番組の制作で高い評価を受けていたことは確かだ。それにしても、かつては「バラエティーといえばフジ」と言われたほどの人材の宝庫が払底し、万年最下位から人を得なければならなくなったのは、凋落の象徴といえよう。
人材の流出以前に、日枝体制のもとで繰り返される「コネ入社」の悪弊も指摘されている。
ざっと見渡しただけでも、元財務大臣・中川昭一、元防衛大臣・岸信夫、プロ野球の田淵幸一や野村弘樹、歌手で俳優の藤井フミヤや陣内孝則と、政治家、スポーツ選手、俳優の娘や息子が多数在籍していたか、今も在籍中だ。
なにも、著名人の娘や息子が無能だというわけではない。コネ入社が横行すると、似たような背景を持つ二世、三世が増えて多様性が失われ、コネなしで入社した他の社員の「モチベーションを下げる」(フジテレビの若手社員)という副作用もある。「コネ入社」が、番組制作力の低下を招いた一因と言われるゆえんだ。
グループの実態は「不動産業者」
そもそもフジテレビの番組制作費は二二年度が七百二十一億円と、日本テレビの八百七十五億円、テレビ朝日の七百七十三億円、TBSの九百五十二億円と比べ、いかにも寂しい。会社全体に「番組制作軽視」の傾向があると言われても仕方ないだろう。
もっとも、テレビ局の「本業」が低迷しても、フジサンケイグループの主体であるフジ・メディア・ホールディングスの収益は安定しているから、日枝に切迫感がない。同ホールディングスの決算資料によると、メディア・コンテンツ、都市開発・観光、その他と大きく三つに分かれた事業のうち、「サンケイビル」や「グランビスタホテル&リゾート」など不動産系の会社が稼ぎ頭となっている。一八年度から二二年度までの五年間、いずれの年もフジテレビの営業利益はサンケイビルに劣っていた。
一九五一年に設立されたサンケイビルの主な事業は不動産とホテル経営で、オフィスや住宅の賃貸、住宅販売や物件の売却も手掛けている。二〇二二年度の営業利益は、フジテレビの七十六億円を大きく上回る百二十六億円をたたき出した。対照的に、フジテレビの放送収入は五年間で三百億円も減少した。放送収入のうち、視聴率に左右される「スポット収入」を見ると、民放キー局におけるフジテレビのシェアは二三年度上期で約一九・五%。大手広告代理店OBは「圧倒的に強かったフジの営業力は見る影もない」と語る。
サンケイビルの現社長・飯島一暢は三菱商事からフジテレビに転職し、一時は日枝の右腕として経営戦略担当の取締役を務めた人物だ。「フジは飯島で持っている」(自民党関係者)と言われたほど、テレビ局の生え抜きにはないビジネスセンスで活躍し、永田町や霞が関でも評価が高かった。それが周囲の嫉妬を買ったのか、フジテレビを外れ、一二年にサンケイビルの社長に就いた。テレビ局で居場所を失った飯島が不動産で日枝を支える構図は、皮肉と言うべきか、日枝の強運と見るべきか。
有力政治家に依存する日枝体制
日枝と親密だった元総理大臣・安倍晋三が生前、「日枝さんのように社長を辞めてしまえば、経営責任を取る事はなくなるから、ずっと会社を支配できる」と評したという話は、日枝の権力の核心を突いている。グループのトップに君臨していても、傘下企業の経営責任は、それぞれの社長が担う。「責任なき権力」である。
山梨県にある日枝の別荘と安倍の別荘が近かったことを理由に別荘地で何度も会食を重ね、同じ早稲田大学出身の総理大臣・岸田文雄や元総理大臣・森喜朗とも昵懇の間柄を印象づけている。単なる「政治好き」ではなく、有力政治家との近さが組織内での求心力維持に役立つからだ。
報道機関を抱えるグループのトップとして与党政治家とべったりの姿は不適切だという批判は、日枝の耳には入らないようだ。それどころか、有力政治家との会食後、記者団を前に得意げに会食の様子をブリーフする姿に、健全な政権監視を期待できようか。
日枝には、かつて系列のニッポン放送が実業家・堀江貴文のライブドアに買収されそうになった悪夢を繰り返したくないという組織防衛の発想もある。
フジテレビが〇八年、民放キー局の先陣を切って「認定放送持株会社」に移行したのも、ライブドアの買収未遂劇を教訓に、株主が最大三分の一までしか出資できないようにする買収防止策だった。外資の株買い占めを規制する仕組みを含め、法律で堅く守られている分、立法府の風向きが気になる。電波利用料にしても、民放キー局が国庫に納める金額は一局あたり年間六億円程度で、通信事業者より割安だ。「もっと納めさせるべきだ」(財務省OB)といった声を抑え込むためにも、政党や政治家との関係が重要になる。
地上波では「日曜報道 THE PRIME」、BSフジは「プライムニュース」と、政治家が出演する頻度の高い番組を持つのも、名前や活躍をアピールしたい政治家に恩を売る効用もある。年に一度、ホテルで開く番組のパーティーには多くの政治家を招き、二三年秋には岸田も駆けつけた。
プライムニュースのキャスター反町理は、日枝の「代理」として永田町とのパイプ役を務め、二一年にフジテレビの外資規制違反が発覚した際には「政治家への釈明役」(総務省OB)を担い、論功行賞で取締役に就任している。
フジサンケイグループの大立者だった鹿内信隆に連なる「鹿内家」支配から権力を奪い取った日枝は、「サラリーマン社長」にありがちな弱さはなく、権力への執着も人一倍強い。公共性の高いテレビ局を規制という壁に守られた自らの「城」に仕立てた腕力を、報道や番組制作の王道のためではなく権力維持に使い続けるなら、フジテレビの再生は遠い。(敬称略)
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