本に遇う 第286話
欲を言やア切りがない
河谷 史夫
2023年10月号
この夏、また友を失った。
思うに人は二つに分けられる。先に逝く者と後に取り残される者と。わたしは後者らしい。年を取っても時々会って、いないやつの悪口を言いながら呑むつもりなのに、数少ない知己が先立っていく。年の順は仕方ないと諦めるが、後輩や義弟のときには参った。
コロナへの応接にあたふたしていた最中、城澤勇夫の訃音を聞いた。わたしが半年早いが同じ一九四五年の生まれ。松竹大船の子役で、六歳のとき小津安二郎の名作『麦秋』に笠智衆と三宅邦子夫婦の次男勇ちゃんで出ている。
冒頭、朝の食事の場。モソモソ起きて来て食卓につくと「勇ちゃん、お顔洗った?」と叔母の原節子に言われる。「洗ったよ」と答えるが「駄目々々! ゆうべの卵、まだお口のまわりについてる」と怪しまれ、恨めしそうに立っていく。洗面所でタオルを濡らし、口のまわりだけ拭いて戻る。「もう洗ってきたの?」「洗ったよ、嘘だと思ったらタオル濡れてるよ」。
あれはなかなかの知能犯だったね、原さんを騙したりして、と言うと、「言われるとおりにやっただけですよ」と応じた笑顔を思い出す。勇ちゃんの仏頂面は演技・・・
思うに人は二つに分けられる。先に逝く者と後に取り残される者と。わたしは後者らしい。年を取っても時々会って、いないやつの悪口を言いながら呑むつもりなのに、数少ない知己が先立っていく。年の順は仕方ないと諦めるが、後輩や義弟のときには参った。
コロナへの応接にあたふたしていた最中、城澤勇夫の訃音を聞いた。わたしが半年早いが同じ一九四五年の生まれ。松竹大船の子役で、六歳のとき小津安二郎の名作『麦秋』に笠智衆と三宅邦子夫婦の次男勇ちゃんで出ている。
冒頭、朝の食事の場。モソモソ起きて来て食卓につくと「勇ちゃん、お顔洗った?」と叔母の原節子に言われる。「洗ったよ」と答えるが「駄目々々! ゆうべの卵、まだお口のまわりについてる」と怪しまれ、恨めしそうに立っていく。洗面所でタオルを濡らし、口のまわりだけ拭いて戻る。「もう洗ってきたの?」「洗ったよ、嘘だと思ったらタオル濡れてるよ」。
あれはなかなかの知能犯だったね、原さんを騙したりして、と言うと、「言われるとおりにやっただけですよ」と応じた笑顔を思い出す。勇ちゃんの仏頂面は演技・・・