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連載

テイレシアスの食卓 vol.05

料理が示すアイデンティティ
河井 健司

2023年8月号

 フランス料理は敷居が高い。このように思われてはフランス料理界にとって損失であるから、おもてなしの心の初心忘るべからずお客様に接することこそ、レストランの王道だろう。
 誠に申し訳ないが校正者を困らせる文章を、あえて書かせていただいた。ただでさえ校正担当の方々には、常々お世話になりっぱなしで恐縮だが意図したことゆえお許し願いたい。
 さて冒頭の文章、お察しの通り間違いだらけである。敷居が高い、初心忘るべからず、王道、いずれも慣用的に本来の意味と違う使い方がされている言葉だ。
 敷居が高いとは、不義理をした相手に顔を出せなくなること、初心忘るべからずとは、未熟な技術による忸怩たる思い、王道とは仁徳をもって国を治めること、または近道。
 このように、言葉は生きているからこそ、本来の意味から離れてゆく現象がおこる。言葉だけではない、フランス料理もまた生きている。それゆえ、時代や環境によって皿の上の表現が変わるのは自然だ。しかしながら、フランス料理の不文律が変わることはない。料理の表現の自由度が上がるにつれ、むしろ約束事は強固になって当然である。
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