三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

経済

証券業界が「ハゲタカ」の標的に

東洋証券「乗っ取り説」の黒幕

2023年5月号公開

 四月七日夕、ある銘柄の株価の動きを巡って、一部の証券関係者が情報収集を急いでいた。異変とも言える値上がりぶりを見せた理由を見出すためである。しかも、ことさら秘密裡に行われていた。証券関係者には他人事ではなかったのだ。同業他社、つまり、ある証券会社の株価の動きだった。それは中堅証券会社の一角、東洋証券だ。これほど神経を尖らせるのは、「東洋証券が新たな業界再編の導火線になりかねない」という見方が渦巻いているからなのだ。
 この日、東洋証券の株価は三百八円で始まり、最終的に三百二十八円まで上昇した。前日比十九円高である。全般的に証券株は上昇したが、そのなかでも東洋証券株の値上がりは突出していた。大引け直後は「PBR(株価純資産倍率)一倍割れの銘柄をテコ入れする」との主旨の岸田文雄首相発言が影響しているといった当てずっぽうな見方もなされた。なにしろ証券業界、なかでも対面証券会社はPBR一倍割れの「割安銘柄」、あるいは「低収益銘柄」の代表格的な業種だからだ。
 この希望的観測のような見立てを粉砕するような具体的な情報が舞い込んだのは、大引けからしばらく時間が経過してからだった。「大量の信用買いを立てていたファンドが東洋証券株式を現引きして正規保有に動いた」というのだ。
 東洋証券の株式は昨年秋以降、特定のファンドに買われ続けていた。それは大量保有報告書ベースでも明らかなように、二社のファンドである。一社は「UGSアセットマネジメント」であり、もう一社は「Be Brave」という。前者のUGS社は昨年十一月七日に東洋証券株式を議決権ベースで五・一三%保有という大量保有報告書の提出でその存在が表面化した。後者のBe社は同十一月二十四日、同様に五・〇二%保有の大株主として躍り出た。その後も買い増しを続けて、今年三月末までにUGS社は八・三四%に、Be社は九・二三%に達した。

ウルフタッグ戦術との見方

 四月七日の信用買い建て玉の現引きの情報は翌週明けの四月十日に東洋証券が公表した「筆頭株主の異動」と、四月二十一日にBe社が提出した変更報告書で確定的となった。変更報告書によると、保有率は九・二三%から一〇・二三%へと上昇したため、両ファンド合計では一八・五七%に達した。
 証券会社がこの事態に注意を払っているのは、両ファンドともに、いまのところ、アクティビストファンドの典型的な動きである株主提案を提示していないからである。少なくとも、それを公表するという動きには発展していない。そこで、密かに噂されているのが経営権の奪取、つまり、「乗っ取り劇」というシナリオなのだ。不振事業の売却などの提案で株価を底上げしたうえで保有株式を売却して儲けるという気配がない以上、乗っ取りそのものが目的という見方である。
 広島県発祥の東洋証券は中国地方に強力な地盤を有するとともに、中国など外国株式の取り扱いで強みを発揮する独特の事業モデルを構築している。中堅証券ながら、東証プライム市場の上場企業である。しかし、最近は厳しい立場に追い込まれていた。アセットマネジメント関係者が指摘する。「外国銘柄の販売で金融庁から処分を受けた経緯がある。以後、得意としていた外国株式、外債の販売が不振に陥り、二〇二三年三月期は第1四半期から営業赤字を続けている。収益的に頭打ちの証券業界のなかでも低迷ぶりが際立つ」
 同社は通期決算でも約二十一億円の営業赤字であり、減損処理も加わって約二十九億円の最終赤字となる(会社速報値ベース)。ところが、株価のほうは二百円程度だったのに、ジワジワと上昇を続けて、最近では三百円台半ばまで達している。収益の不振ぶりは株価の低迷につながり、安く株式を買い漁っていけるだけに、乗っ取り説を誘発する典型的な舞台設定である。株価の動きは大量買い占めの足取りの証左と言っていい。
 二つのファンドの狙いについて、あるファンド関係者は「ウルフタッグ戦術ではないのか」と言う。オオカミが群れで襲い掛かる習性に由来する。外見上は無関係に見える複数のファンドが実質的に共同歩調をとって、特定企業の株式を大量保有する方式がウルフタッグである。つまり、共同保有という形態を一切開示していないものの、UGS社とBe社は実質的につながって、東洋証券に襲い掛かっているという指摘である。確かに、大量購入に動き出したタイミングはほぼ一致しており、偶然の出来事とは考えにくい面がある。
 さらに、両ファンドのように大量報告義務のレベルにまで達していなくとも、東洋証券株式を相応に保有している別のファンドが、実態的には共同歩調で存在していてもおかしくない。両ファンドが具体的に株主提案などを意思表明していないこともウルフタッグによる乗っ取り説を後押ししている。

名前が挙がる「東海東京」

 両ファンドが動き出した昨年は、仕組み債や不明朗な外債などの販売を巡って、金融庁が証券業界、銀行業界に厳しい姿勢を高めたタイミングである。以後、それらを収益の主柱に置いていた証券各社は、販売自粛による収益ダメージが不可避となった。それが業界再編につながるという見通しが強まっている。
 それだけに、いやが上にも、証券業界には固唾をのむ思いで「東洋証券騒動」ともいえる動きを注視するムードが漂っている。いまや、「ファンドの背後にはいったい、誰がいるのか」という話まで囁かれ始めている。
 そのなかで名前が上がっている一社が東海東京証券を傘下に持つ東海東京フィナンシャル・ホールディングス(FH)である。同FHのワンマン経営者、石田建昭会長は吸収合併による業容拡大に積極的であり、これまでも大阪の髙木証券、エース証券を合併している。「かなり強引な手法すら用いてきた。他の中堅証券クラスに秋波を送り続けた経緯もある」と大手証券関係者は言う。
 東海東京以外で名前が取りざたされているのは、SMBC日興証券である。三井住友フィナンシャルグループに傘下入りする以前の段階で、旧日興証券は米国シティグループに買収された経緯がある。その際、旧日興証券では投資銀行部門などから大量の人材が外部に流出した。その一部がファンド業界へと流れついた。今回のケースでも両ファンドの周辺には複数の元日興関係者の存在や影が見えてきている。
 証券各社は三月決算であり、株主総会は六月下旬に予定されている。これまで沈黙を守ってきたUGS社、Be社という二つのファンドが株主総会に向けて、いかなる株主提案に動くのか。それを通じて、二つのファンドの背後にある事情が見えてくるのかどうか。場合によっては、噂が飛び交っている証券業界再編の蓋が開くことになりかねない。


掲載物の無断転載・複製を禁じます©選択出版

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます