金融の世紀
第2回【ルイジアナ購入】
黒木亮
2023年2月号
一七一七年、北ドイツの羊毛・織物商、ベアリング家の二十歳になる息子ヨハン(英語名ジョン)は、英国西部の羊毛の一大集散地、エクセターにある大手毛織物商に一、二年の予定で徒弟修業に送り出された。
ヨハンは、そこでの暮らしが気に入り、同地で紅茶、コーヒー、砂糖、乾燥フルーツなどを商っていた大手卸商の娘エリザベスと結婚し、サージを扱う貿易商となった。一七四八年にヨハンが没すると、事業は妻エリザベスと三人の息子たちに引き継がれた。
一七六三年、ヨハンの長子ジョン(John)は、十歳下の弟、フランシスをロンドンに送り込み、ジョン・アンド・フランシス・ベアリング商会(John and Francis Baring Co.)を設立した。目的は、エクセターの本店のために、原料の羊毛や染料その他の必要品の輸入実務、販路の開拓、外国為替手形取引などを行うことだったが、やがて他の商人のための代金回収や手形の裏書保証も手がけるようになった。このロンドン店の活動がマーチャント・バンクとしてのベアリング商会の始まりである。
フランシスは、羊毛、染料、銅、穀類、ラム酒、ダイヤモン・・・
ヨハンは、そこでの暮らしが気に入り、同地で紅茶、コーヒー、砂糖、乾燥フルーツなどを商っていた大手卸商の娘エリザベスと結婚し、サージを扱う貿易商となった。一七四八年にヨハンが没すると、事業は妻エリザベスと三人の息子たちに引き継がれた。
一七六三年、ヨハンの長子ジョン(John)は、十歳下の弟、フランシスをロンドンに送り込み、ジョン・アンド・フランシス・ベアリング商会(John and Francis Baring Co.)を設立した。目的は、エクセターの本店のために、原料の羊毛や染料その他の必要品の輸入実務、販路の開拓、外国為替手形取引などを行うことだったが、やがて他の商人のための代金回収や手形の裏書保証も手がけるようになった。このロンドン店の活動がマーチャント・バンクとしてのベアリング商会の始まりである。
フランシスは、羊毛、染料、銅、穀類、ラム酒、ダイヤモン・・・