《企業研究》SBI証券
金融庁が裁かぬ「重大不正」
2022年12月号公開
商品の仕様が複雑であればあるほど、売り手は顧客に対して優位に立つ。仕様を説明しても顧客は理解できないから、売り手の誠実さが問われる。そんな取引にあふれる証券市場では、株価操作に揺れる大手証券会社に世間の耳目が集まる陰で、顧客本位を目指して生まれたはずの金融商品仲介業者までもが、不誠実な証券会社と結託し、顧客の損を顧みず、自社利益を上げる事例が起きている。
その証券会社とは、北尾吉孝社長率いるSBIホールディングス(HD)の中核子会社であるネット専業トップのSBI証券である。
SBI証券が金融商品仲介業者と組んだ顧客に対する背信とも言える行為が明らかになったきっかけは、東海財務局が今年六月八日に大手仲介業者のCSアセット社に、「検査結果に係る問題点」として報告命令を出したことだ。
同社が業務委託契約を締結している証券会社三社の投資商品について、三社それぞれに設けている投資乗り換えに関する社内規定を守らずに顧客に商品の乗り換えを勧め、手数料を稼いだことが、指摘された問題の一つだった。
当時の証券市場は、今年三月に幹部らが逮捕された大手のSMBC日興証券による株価操作の話題で持ちきりだった。証券取引等監視委員会の勧告を受けて金融庁が十月七日、同社に「証券市場のゲートキーパー(番人)」としての役割に反したとして、一部業務停止などの厳罰を命じるに至った大スキャンダルは、名古屋でひっそりと起きたCSアセット社の事案を覆い隠した。
金融商品仲介業者とは、金融商品取引法上の登録業者のことで、日本版IFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)とも言われる。証券会社に所属し、証券会社の受発注システムや商品ラインナップ(プラットフォーム)を賃借して証券ビジネスを展開する。証券会社を「プラットフォーマー証券」と呼ぶのはそのためで、仲介業者は経営上、証券会社とは全く別の独立体で、大手証券会社に比べればとても小粒だ。
問題になった乗り換え営業については、金融庁が販売手数料狙いの不適切な行為として厳しい姿勢で臨んできたため、証券会社各社は自社ルールで対応している。ただ、自社商品に乗り換え行為があったかどうかはチェックできても、他の証券会社への受発注までは把握できない。複数の証券会社とつながるCSアセット社は自社ルールの限界を悪用し、乗り換えによる手数料稼ぎをしていた。
東海財務局の検査はこれを見逃さなかったが、その先に広がっていたのは、仲介業者とSBI証券が手を組んだ不誠実な策略による「証券市場のゲートキーパー」としての役割が問われるような、より深刻な問題だった。
株価下支えで「一種の相場操縦」
SBI証券はネット専業でありながら、株式、投信などを個人投資家に販売するブローカー業務にとどまらず、引受業務にも事業領域を広げている。引受件数ベースでは野村證券など伝統的な大手証券会社を凌ぐほどだ。
引受業務の中核は、IPO(新規株式上場)である。企業が新規上場を果たす際の主幹事証券になれば、IPOを通じて大きな手数料収入が得られる。同時に、「IPOを無事に成功させれば、創業社長は株式上場で巨額の資金を得る。その一部が主幹事証券に運用資金として預けられる」(証券関係者)ことが期待される。だからこそ、主幹事証券の座を獲得することに、証券各社は激しい競争を繰り広げてきたわけである。
そんな競争の主要プレーヤーであるSBI証券が絡んだ問題として浮上したのが、傘下のCSアセット社との間で行われたIPO銘柄の不適切なやりとりだった。これも東海財務局の検査で発覚しながら、大きな問題として注目されることがなかった。
具体的には、SBI証券が株式上場時におけるIPO銘柄の株価の下値支えを目的とした協力依頼をCSアセット社に行い、同社が不適切な行為を繰り広げていたのだ。公募価格を指値とする買付注文を媒介したり、一部の所属外務員に上場初値の名の下に同様の買付注文を指示したりしたほか、一部の所属外務員に「初値支え」を指示するにあたり、必要に応じて約定前に注文取り消しを媒介することを促したという。業界用語でいう「見せ玉」による操作である。
いずれの行為も、市場実勢による株価形成を阻害するもので、証券関係者は「一種の相場操縦と言われても仕方がない」と呆れる。こうした行為は、SBI証券が主幹事を務める複数のIPO銘柄を巡って行われていた。
例えば、二〇二〇年二月に上場を果たしたA社の場合、上場日の寄り付き前の買付注文が十一件(株数合計十二万八千株)あり、このうち、四件は同日中に解約、七件は約定前に注文を取り消され、約定は不成立となった。A社株価の上場初値は七百十五円。この日の高値は八百四十三円、終値は七百八十円だったが、数日後には六百円ほどまで下落している。
一方、二一年六月に上場したB社の事例では、上場日の寄り付き前の買付注文の媒介が十一件(株数合計十四万六千株)行われて、うち、四件は同日約定、七件は約定前に注文が取り消されていた。B社の株価は上場初値が一千五円を付けて一千二十二円まで値上がりし、八百六十六円で上場日の取引を終えている。その約二カ月後、B社の株価は上場初値の半値ほどまで下がった。
二つのIPO案件に共通しているのは、上場初値は売り出し価格を超え、その後、大幅に株価が下落した点だ。
検査では、同種の事案が二〇年末から二一年秋までの間に四件が把握された。この不自然な株価の動きの背景にあったのが、SBI証券によるCSアセット社への「下値買い支え」の協力依頼だった。
プラットフォーマー証券と、所属する金融仲介業者との間で、越えてはならない一線を越えた出来事だったとも言える。
仲介業者とのズブズブの関係
そもそも金融商品仲介制度は、証券会社側の意向に基づく「会社本位の営業」ではなく、顧客ニーズに基づいた投資、資産運用のアドバイスの提供という「顧客本位の経営」を金融商品仲介業者に果たしてもらうことが、導入の目的だった。ところが、ネット専業のスタイルで自社の営業部隊を持たないSBI証券は、傘下とはいえ、本来は別の経営体である仲介業者を自社の営業社員のごとく扱い、新規発行株式を割り振るかのように、自身が主幹事を務めるIPO銘柄の売り出し株式を配分する方式を続けてきた。
そのことで、順調な売り出し株式の消化と上場日の買付注文を演出し、売り出し価格を超える上場初値を付けることが容易になったと見られる。傘下の仲介業者にしても、値上がりが期待できるIPO銘柄を優先的に配分してもらえるメリットを感じていたようだ。証券会社と仲介業者のズブズブの関係が、不適切な行為の温床となったと言える。
ある大手証券関係者は「株式発行体の利益のために、個人投資家の利益を軽視した利益相反のリスクを無視できない方式と言わざるを得ない」と指弾する。そのうえで、「出発点が『SBI証券からの下値支えの協力依頼』とすれば、株価操縦的な側面すらも浮かび上がってくる」とも指摘する。
別の証券関係者は「ネット上で、こんな古典的な方法がとられているとは」と驚きを隠せないでいるが、SBI証券とCSアセット社の共謀は古典的な方法にとどまらなかった。債券販売でも同様の事態が発生していたのである。
CSアセット社がSBI証券から「販売予定数量に達していない債券を販売してほしい」との依頼を受け、特定の顧客に対し、その意向も確認しないまま当該の債券を買わせていたのだ。
ある仲介業者は「仲介業者とプラットフォーマー証券の関係は本来、システムの貸借、商品ラインナップの活用がメインで、プラットフォーマー証券の販売計画に合わせて顧客に商品を売り込むような関係では断じてない。これでは、仲介業は健全な発展を期待されなくなる」と怒りをにじませる。
しかし、現実には、成長の規模を追求することに傾斜しすぎた仲介業者が、より儲かる商品を大量に提供するプラットフォーマー証券に寄り付いている。
天下り金融庁OB勢が“用心棒”
本誌が何度も指摘してきた「仕組み債」の販売でも、その悪弊は明らかだ。顧客に理解できない複雑な「仕組み」を内包した仕組み債は、利益の大半が売り手に流れ、損失は顧客が被る商品と言われている。実は、SBI証券は仲介業者に対する仕組み債の提供元としても、証券業界では知られている。別の仲介業者は「仕組み債の販売で儲けたいなら、楽天証券と契約せず、SBI証券か、あかつき証券が良いという考え方が、仲介業者の間では常識」と解説する。
SBI証券の直系で大手仲介業者であるSBIマネープラザが仕組み債販売で名をとどろかせ、金融庁からにらまれていることは、業界では有名だ。「SBIは資本提携した地銀とマネープラザとの共同店舗でも、仕組み債を卸して販売させていた」という話も、地銀関係者の間で話題になっている。
金融庁の目が気になったのだろうか、SBIグループの総帥である北尾吉孝氏が今年八月十五日に行った第1四半期の決算説明会に、北尾氏らしからぬ雰囲気を感じた参加者は少なくなかった。
説明会に出席したアナリストは「二百ページにもなろうとする決算説明会資料を配布して、一時間半も持論を弁じ続けるのが恒例だったのに、八月の説明会では資料はいつもの半分以下の七十ページ弱で、時間もわずかに二十八分。内容にも、いつもの力強さはなかった」と振り返る。
時期的に見れば、東海財務局の検査で前述のような問題点が指摘されてから初めての四半期決算説明会だった。
しかも、金融庁が仕組み債についても、販売会社のみならず、仕組み債の「仕組み」を作る組成会社にまで厳しい視線を向け始めていた頃で、北尾氏は逆風を感じていたに違いない。
SBI証券がIPOの主幹事を務めた件数が、第1四半期には三件を数えたものの、事件発覚後の第2四半期はゼロだったことも、臆測を呼んだ。四半期ベースのIPO全件数は第1四半期が二十二件、第2四半期が十七件と、SBI証券のみならず全体的に下降気味だったとはいえ、ゼロ件は急ブレーキのように映ったからだ。
ところが、十一月十四日に開かれたSBIHDの第2四半期決算の説明会では、再び膨大なページ数の資料が配布され、北尾氏の大弁舌、怪気炎が舞い戻った。
証券関係者は「さすがに財務局の検査結果の直後は縮こまっていたが、SBIには大勢の金融庁OBが天下っている。時間の経過とともに、逆風など問題ではないという話になったのではないか」と推測する。
実際、SBIグループにはキャリア、ノンキャリアを含め、二桁の人数の金融庁OBがいる。「証券市場のゲートキーパー」の役割を証券会社や金融商品仲介業者に求める姿勢を強める金融庁の「圧」も、OBという“用心棒”の影響力を駆使すれば「恐るるに足りず」と考え直したのだろうか。
加えて、CSアセット社を対象とした案件は、今年七月七日に同社が業務改善報告を東海財務局に提出したことで、一般的な手続きとしては「一件落着」と受け取られている。北尾氏の「復調」ぶりを見るにつけ、三カ月が過ぎて財務局の追及の手は、これ以上伸びないと見たとも想像できる。証券市場の闇がどこまで解消されたのかという疑念は、募るばかりだ。
闇を見逃す金融行政への不信
金融庁にしてみれば、この一年の証券市場にとって最大のニュースとなったSMBC日興の株価操作の問題に一定のけりをつけたことで安堵し、グレーゾーンの多いIPOビジネスの問題に手をつけるには、消耗したエネルギーの回復が必要なのかもしれない。
しかし、顧客本位とは程遠く、利益相反、あるいは事実上の株価操作だという懸念も出ているIPOビジネスの問題の一端が、CSアセット社の検査から見えたタイミングを逃せば、これで幕引きという顛末にもなりかねない。
問題の本質は、収益偏重の証券会社と金融商品仲介業者にある。彼らの自浄能力が問われていることは間違いない。とはいえ、結果的に闇を見逃す展開になれば金融行政の信任自体が揺らぎ、日本の証券市場が健全な活力を持ち、経済成長につながる投資を内外から呼び込むうえでも障害となる。金融当局の胆力と一層の奮起も、求められている。
その証券会社とは、北尾吉孝社長率いるSBIホールディングス(HD)の中核子会社であるネット専業トップのSBI証券である。
SBI証券が金融商品仲介業者と組んだ顧客に対する背信とも言える行為が明らかになったきっかけは、東海財務局が今年六月八日に大手仲介業者のCSアセット社に、「検査結果に係る問題点」として報告命令を出したことだ。
同社が業務委託契約を締結している証券会社三社の投資商品について、三社それぞれに設けている投資乗り換えに関する社内規定を守らずに顧客に商品の乗り換えを勧め、手数料を稼いだことが、指摘された問題の一つだった。
当時の証券市場は、今年三月に幹部らが逮捕された大手のSMBC日興証券による株価操作の話題で持ちきりだった。証券取引等監視委員会の勧告を受けて金融庁が十月七日、同社に「証券市場のゲートキーパー(番人)」としての役割に反したとして、一部業務停止などの厳罰を命じるに至った大スキャンダルは、名古屋でひっそりと起きたCSアセット社の事案を覆い隠した。
金融商品仲介業者とは、金融商品取引法上の登録業者のことで、日本版IFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)とも言われる。証券会社に所属し、証券会社の受発注システムや商品ラインナップ(プラットフォーム)を賃借して証券ビジネスを展開する。証券会社を「プラットフォーマー証券」と呼ぶのはそのためで、仲介業者は経営上、証券会社とは全く別の独立体で、大手証券会社に比べればとても小粒だ。
問題になった乗り換え営業については、金融庁が販売手数料狙いの不適切な行為として厳しい姿勢で臨んできたため、証券会社各社は自社ルールで対応している。ただ、自社商品に乗り換え行為があったかどうかはチェックできても、他の証券会社への受発注までは把握できない。複数の証券会社とつながるCSアセット社は自社ルールの限界を悪用し、乗り換えによる手数料稼ぎをしていた。
東海財務局の検査はこれを見逃さなかったが、その先に広がっていたのは、仲介業者とSBI証券が手を組んだ不誠実な策略による「証券市場のゲートキーパー」としての役割が問われるような、より深刻な問題だった。
株価下支えで「一種の相場操縦」
SBI証券はネット専業でありながら、株式、投信などを個人投資家に販売するブローカー業務にとどまらず、引受業務にも事業領域を広げている。引受件数ベースでは野村證券など伝統的な大手証券会社を凌ぐほどだ。
引受業務の中核は、IPO(新規株式上場)である。企業が新規上場を果たす際の主幹事証券になれば、IPOを通じて大きな手数料収入が得られる。同時に、「IPOを無事に成功させれば、創業社長は株式上場で巨額の資金を得る。その一部が主幹事証券に運用資金として預けられる」(証券関係者)ことが期待される。だからこそ、主幹事証券の座を獲得することに、証券各社は激しい競争を繰り広げてきたわけである。
そんな競争の主要プレーヤーであるSBI証券が絡んだ問題として浮上したのが、傘下のCSアセット社との間で行われたIPO銘柄の不適切なやりとりだった。これも東海財務局の検査で発覚しながら、大きな問題として注目されることがなかった。
具体的には、SBI証券が株式上場時におけるIPO銘柄の株価の下値支えを目的とした協力依頼をCSアセット社に行い、同社が不適切な行為を繰り広げていたのだ。公募価格を指値とする買付注文を媒介したり、一部の所属外務員に上場初値の名の下に同様の買付注文を指示したりしたほか、一部の所属外務員に「初値支え」を指示するにあたり、必要に応じて約定前に注文取り消しを媒介することを促したという。業界用語でいう「見せ玉」による操作である。
いずれの行為も、市場実勢による株価形成を阻害するもので、証券関係者は「一種の相場操縦と言われても仕方がない」と呆れる。こうした行為は、SBI証券が主幹事を務める複数のIPO銘柄を巡って行われていた。
例えば、二〇二〇年二月に上場を果たしたA社の場合、上場日の寄り付き前の買付注文が十一件(株数合計十二万八千株)あり、このうち、四件は同日中に解約、七件は約定前に注文を取り消され、約定は不成立となった。A社株価の上場初値は七百十五円。この日の高値は八百四十三円、終値は七百八十円だったが、数日後には六百円ほどまで下落している。
一方、二一年六月に上場したB社の事例では、上場日の寄り付き前の買付注文の媒介が十一件(株数合計十四万六千株)行われて、うち、四件は同日約定、七件は約定前に注文が取り消されていた。B社の株価は上場初値が一千五円を付けて一千二十二円まで値上がりし、八百六十六円で上場日の取引を終えている。その約二カ月後、B社の株価は上場初値の半値ほどまで下がった。
二つのIPO案件に共通しているのは、上場初値は売り出し価格を超え、その後、大幅に株価が下落した点だ。
検査では、同種の事案が二〇年末から二一年秋までの間に四件が把握された。この不自然な株価の動きの背景にあったのが、SBI証券によるCSアセット社への「下値買い支え」の協力依頼だった。
プラットフォーマー証券と、所属する金融仲介業者との間で、越えてはならない一線を越えた出来事だったとも言える。
仲介業者とのズブズブの関係
そもそも金融商品仲介制度は、証券会社側の意向に基づく「会社本位の営業」ではなく、顧客ニーズに基づいた投資、資産運用のアドバイスの提供という「顧客本位の経営」を金融商品仲介業者に果たしてもらうことが、導入の目的だった。ところが、ネット専業のスタイルで自社の営業部隊を持たないSBI証券は、傘下とはいえ、本来は別の経営体である仲介業者を自社の営業社員のごとく扱い、新規発行株式を割り振るかのように、自身が主幹事を務めるIPO銘柄の売り出し株式を配分する方式を続けてきた。
そのことで、順調な売り出し株式の消化と上場日の買付注文を演出し、売り出し価格を超える上場初値を付けることが容易になったと見られる。傘下の仲介業者にしても、値上がりが期待できるIPO銘柄を優先的に配分してもらえるメリットを感じていたようだ。証券会社と仲介業者のズブズブの関係が、不適切な行為の温床となったと言える。
ある大手証券関係者は「株式発行体の利益のために、個人投資家の利益を軽視した利益相反のリスクを無視できない方式と言わざるを得ない」と指弾する。そのうえで、「出発点が『SBI証券からの下値支えの協力依頼』とすれば、株価操縦的な側面すらも浮かび上がってくる」とも指摘する。
別の証券関係者は「ネット上で、こんな古典的な方法がとられているとは」と驚きを隠せないでいるが、SBI証券とCSアセット社の共謀は古典的な方法にとどまらなかった。債券販売でも同様の事態が発生していたのである。
CSアセット社がSBI証券から「販売予定数量に達していない債券を販売してほしい」との依頼を受け、特定の顧客に対し、その意向も確認しないまま当該の債券を買わせていたのだ。
ある仲介業者は「仲介業者とプラットフォーマー証券の関係は本来、システムの貸借、商品ラインナップの活用がメインで、プラットフォーマー証券の販売計画に合わせて顧客に商品を売り込むような関係では断じてない。これでは、仲介業は健全な発展を期待されなくなる」と怒りをにじませる。
しかし、現実には、成長の規模を追求することに傾斜しすぎた仲介業者が、より儲かる商品を大量に提供するプラットフォーマー証券に寄り付いている。
天下り金融庁OB勢が“用心棒”
本誌が何度も指摘してきた「仕組み債」の販売でも、その悪弊は明らかだ。顧客に理解できない複雑な「仕組み」を内包した仕組み債は、利益の大半が売り手に流れ、損失は顧客が被る商品と言われている。実は、SBI証券は仲介業者に対する仕組み債の提供元としても、証券業界では知られている。別の仲介業者は「仕組み債の販売で儲けたいなら、楽天証券と契約せず、SBI証券か、あかつき証券が良いという考え方が、仲介業者の間では常識」と解説する。
SBI証券の直系で大手仲介業者であるSBIマネープラザが仕組み債販売で名をとどろかせ、金融庁からにらまれていることは、業界では有名だ。「SBIは資本提携した地銀とマネープラザとの共同店舗でも、仕組み債を卸して販売させていた」という話も、地銀関係者の間で話題になっている。
金融庁の目が気になったのだろうか、SBIグループの総帥である北尾吉孝氏が今年八月十五日に行った第1四半期の決算説明会に、北尾氏らしからぬ雰囲気を感じた参加者は少なくなかった。
説明会に出席したアナリストは「二百ページにもなろうとする決算説明会資料を配布して、一時間半も持論を弁じ続けるのが恒例だったのに、八月の説明会では資料はいつもの半分以下の七十ページ弱で、時間もわずかに二十八分。内容にも、いつもの力強さはなかった」と振り返る。
時期的に見れば、東海財務局の検査で前述のような問題点が指摘されてから初めての四半期決算説明会だった。
しかも、金融庁が仕組み債についても、販売会社のみならず、仕組み債の「仕組み」を作る組成会社にまで厳しい視線を向け始めていた頃で、北尾氏は逆風を感じていたに違いない。
SBI証券がIPOの主幹事を務めた件数が、第1四半期には三件を数えたものの、事件発覚後の第2四半期はゼロだったことも、臆測を呼んだ。四半期ベースのIPO全件数は第1四半期が二十二件、第2四半期が十七件と、SBI証券のみならず全体的に下降気味だったとはいえ、ゼロ件は急ブレーキのように映ったからだ。
ところが、十一月十四日に開かれたSBIHDの第2四半期決算の説明会では、再び膨大なページ数の資料が配布され、北尾氏の大弁舌、怪気炎が舞い戻った。
証券関係者は「さすがに財務局の検査結果の直後は縮こまっていたが、SBIには大勢の金融庁OBが天下っている。時間の経過とともに、逆風など問題ではないという話になったのではないか」と推測する。
実際、SBIグループにはキャリア、ノンキャリアを含め、二桁の人数の金融庁OBがいる。「証券市場のゲートキーパー」の役割を証券会社や金融商品仲介業者に求める姿勢を強める金融庁の「圧」も、OBという“用心棒”の影響力を駆使すれば「恐るるに足りず」と考え直したのだろうか。
加えて、CSアセット社を対象とした案件は、今年七月七日に同社が業務改善報告を東海財務局に提出したことで、一般的な手続きとしては「一件落着」と受け取られている。北尾氏の「復調」ぶりを見るにつけ、三カ月が過ぎて財務局の追及の手は、これ以上伸びないと見たとも想像できる。証券市場の闇がどこまで解消されたのかという疑念は、募るばかりだ。
闇を見逃す金融行政への不信
金融庁にしてみれば、この一年の証券市場にとって最大のニュースとなったSMBC日興の株価操作の問題に一定のけりをつけたことで安堵し、グレーゾーンの多いIPOビジネスの問題に手をつけるには、消耗したエネルギーの回復が必要なのかもしれない。
しかし、顧客本位とは程遠く、利益相反、あるいは事実上の株価操作だという懸念も出ているIPOビジネスの問題の一端が、CSアセット社の検査から見えたタイミングを逃せば、これで幕引きという顛末にもなりかねない。
問題の本質は、収益偏重の証券会社と金融商品仲介業者にある。彼らの自浄能力が問われていることは間違いない。とはいえ、結果的に闇を見逃す展開になれば金融行政の信任自体が揺らぎ、日本の証券市場が健全な活力を持ち、経済成長につながる投資を内外から呼び込むうえでも障害となる。金融当局の胆力と一層の奮起も、求められている。
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