をんな千一夜 第68話
川島 芳子 誰も掴めぬ「僕」の正体
石井 妙子
2022年11月号
相手の手を放そうとせず、互いに握りしめ続けた。
田中角栄と周恩来による歴史的な握手が交わされたのは、一九七二年九月二十九日。日中国交が正常化された直後の万感の思いが、感じ取れた。
それから五十年を経た今、各地で国交正常化五十周年の記念式典が行われている。しかしながら、今一つ盛り上がりに欠けるのは、コロナやウクライナ紛争のせいだけでなく、中国脅威論が唱えられ、日中関係や対中感情がこれまでになく悪化しているからだろう。
日中のはざまに身を置き、刑場の露と消えた女性に川島芳子がいる。存命中から小説や芝居に取り上げられ、実像よりも、虚像が独り歩きし、それゆえに死刑判決を受けることになった悲劇の人。
「男装の麗人」「東洋のジャンヌ・ダルク」「アジアのマタ・ハリ」「熱河作戦を戦った女司令官」と喧伝され、「酒とダンスと恋愛に溺れた奔放で淫蕩な女」「肉体を武器に諜報活動をした女スパイ」とも語られるが、いずれも実像からはかけ離れているように、彼女の書き残した手記や詩歌を読むと思う。
確かに彼女は奔放で才知にたけ、美貌にも恵まれていた。清朝王族の血・・・
田中角栄と周恩来による歴史的な握手が交わされたのは、一九七二年九月二十九日。日中国交が正常化された直後の万感の思いが、感じ取れた。
それから五十年を経た今、各地で国交正常化五十周年の記念式典が行われている。しかしながら、今一つ盛り上がりに欠けるのは、コロナやウクライナ紛争のせいだけでなく、中国脅威論が唱えられ、日中関係や対中感情がこれまでになく悪化しているからだろう。
日中のはざまに身を置き、刑場の露と消えた女性に川島芳子がいる。存命中から小説や芝居に取り上げられ、実像よりも、虚像が独り歩きし、それゆえに死刑判決を受けることになった悲劇の人。
「男装の麗人」「東洋のジャンヌ・ダルク」「アジアのマタ・ハリ」「熱河作戦を戦った女司令官」と喧伝され、「酒とダンスと恋愛に溺れた奔放で淫蕩な女」「肉体を武器に諜報活動をした女スパイ」とも語られるが、いずれも実像からはかけ離れているように、彼女の書き残した手記や詩歌を読むと思う。
確かに彼女は奔放で才知にたけ、美貌にも恵まれていた。清朝王族の血・・・