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連載

大往生考 第35話

心腹の友に看取られて
佐野 海那斗

2022年11月号

 人生でたった一人でも親友が持てたら、人は幸せだ。それを痛感させてくれる患者がいた。
 その人は七十代の男性で、糖尿病・高血圧・高脂血症の治療のため、十五年ほど前から私の外来に通っていた。十種類以上の薬を処方し、インスリンの注射も始めたが、病気の進行は止まらなかった。やがて、糖尿病性網膜症を合併し、眼科医からは「このままでは、失明します」と警告された。
 患者の状態が改善しないのは、医師の忠告に従わないからだ。糖尿病患者の天敵と言っていい甘いものに目がなく、おまけに左党だった。毎月の血液検査の後はしばらく自制するが、すぐ誘惑に屈してしまう。
 筆者はこのような人間臭い患者が好きだ。主治医失格だが、飲みにも行った。その度に、患者は「先生、今日だけね」と笑顔で言い訳した。飲み会には、患者を中心に以前の仕事仲間が集った。患者は広告代理店の元経営者で、一時はかなり羽振りが良かったそうだ。
 ただ、患者の栄華は長くは続かなかった。バブル経済崩壊後の不景気で会社が倒産したからだ。患者は破産し、離婚も経験した。窮地を救ったのは、高校時代の後輩だった。自らが経営・・・