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連載

をんな千一夜 第65話

平民宰相「暗殺」と後妻の信念
石井 妙子

2022年8月号

《原 浅》

 安倍晋三元総理大臣の国葬が決まった。政治家だけでなく、メディアまでが「政治テロ」「民主主義への挑戦」と報じたが、果たして五・一五事件のような政治テロと同一視していいのだろうか。
 現職の総理大臣であった原敬が東京駅で刺殺されたのは大正十(一九二一)年十一月四日。原の自宅には以前より、右翼思想を持つ人々から脅迫文が送り付けられていたが、実際に原を刺したのは国鉄大塚駅で日給の転轍手として働く、貧しい若者だった。
 原は安政三(一八五六)年岩手県生まれ。生家は南部藩の家老格という家柄。九歳の時に父が他界し、以後は同じく南部藩の上級武士の娘であった母リツの女手によって育てられる。戊辰戦争で幕府についた南部藩は辛酸をなめ、莫大な賠償金を新政府に請求されたが、リツは財産を隠匿せずに家屋敷の大半を処分して藩に上納し、人に後ろ指を指されない生き方を貫いた。「私利ではなく公利」を目指した彼の政治家としての理念には、この母からの影響が汲み取れる。地元で漢学を修め天才児と言われた原は、西洋の学問を修めたいと思い上京。母・・・