をんな千一夜 第64話
儚く消えた元勲の内妻
石井 妙子
2022年7月号
《吉田 貞子》
蛍が飛び交う季節となった。東京では椿山荘の庭園が見どころのひとつとして知られる。今は高級ホテルとなっているが、元の所有者は「日本陸軍の父」と言われた明治の元勲、山県有朋。日本庭園をこよなく愛した山県は他にも京都には無鄰菴、小田原には古稀庵を残している。
山県は権力を長く保ち、功績もあげたが不人気な人である。陸軍を立ち上げ徴兵制を敷き、官僚制度を支持して長州閥、さらには山県閥を広げた彼は、民権運動や議会制度、政党政治に否定的であった。不人気なのは、軍国主義を推し進めた嫌悪すべき人物、というイメージが定着しているからだろう。山県は大正十一(一九二二)年に没したが、その後の陸軍の暴走や敗戦の責任までも、彼に因があるように言われてきた。だが近年の伊藤之雄氏による一次資料を駆使した研究(『山県有朋 愚直な権力者の生涯』)により、このような「山県像」は正しく彼の実像を映してはいないと明らかになった。山県は確かに軍拡を要求し続けた。だが、それは西洋列強によって日本が植民地化されることをひどく恐れていたからであり、決・・・
蛍が飛び交う季節となった。東京では椿山荘の庭園が見どころのひとつとして知られる。今は高級ホテルとなっているが、元の所有者は「日本陸軍の父」と言われた明治の元勲、山県有朋。日本庭園をこよなく愛した山県は他にも京都には無鄰菴、小田原には古稀庵を残している。
山県は権力を長く保ち、功績もあげたが不人気な人である。陸軍を立ち上げ徴兵制を敷き、官僚制度を支持して長州閥、さらには山県閥を広げた彼は、民権運動や議会制度、政党政治に否定的であった。不人気なのは、軍国主義を推し進めた嫌悪すべき人物、というイメージが定着しているからだろう。山県は大正十一(一九二二)年に没したが、その後の陸軍の暴走や敗戦の責任までも、彼に因があるように言われてきた。だが近年の伊藤之雄氏による一次資料を駆使した研究(『山県有朋 愚直な権力者の生涯』)により、このような「山県像」は正しく彼の実像を映してはいないと明らかになった。山県は確かに軍拡を要求し続けた。だが、それは西洋列強によって日本が植民地化されることをひどく恐れていたからであり、決・・・