現代史の言霊 第51話
七月の申請 -NATO拡大の始まり(一九九七年)-
伊熊 幹雄
2022年7月号
《西側の対露政策は誤っている》
バーツラフ・ハベル(元チェコ大統領)
一九八九年は、東ヨーロッパの共産主義国が一斉に崩壊した「革命の年」だ。
筆者はこの年の初め、新聞社の特派員としてポーランドの首都ワルシャワに赴任した。「生活が大変だ」とさんざん聞かされていた。支局兼自宅には、エバさんという、たくましいポーランド女性がいた。どんな苦難も乗り越えたような、世知にたけた家政婦さんで、「何とかなるな」と安心した。
ある日、彼女が「肉を買いに行く。入店証が欲しい」と言う。共産圏には、共産党幹部や外交官だけが使える「特権ショップ」があり、外国人特派員も利用できた。
「自分も行く」と言うと、家政婦と、支局契約の運転手が複雑な顔をした。「すごい行列だから、旦那様の仕事の妨げになる」と言うが、「何事も勉強だ」と押し切った。
特権ショップで、彼らのためらいの理由が分かった。店には一般の食料品店では絶対にお目にかかれない上質の肉が、多量にあった。二人はそこで、月給分にもなろうかという、大量の肉・・・
バーツラフ・ハベル(元チェコ大統領)
一九八九年は、東ヨーロッパの共産主義国が一斉に崩壊した「革命の年」だ。
筆者はこの年の初め、新聞社の特派員としてポーランドの首都ワルシャワに赴任した。「生活が大変だ」とさんざん聞かされていた。支局兼自宅には、エバさんという、たくましいポーランド女性がいた。どんな苦難も乗り越えたような、世知にたけた家政婦さんで、「何とかなるな」と安心した。
ある日、彼女が「肉を買いに行く。入店証が欲しい」と言う。共産圏には、共産党幹部や外交官だけが使える「特権ショップ」があり、外国人特派員も利用できた。
「自分も行く」と言うと、家政婦と、支局契約の運転手が複雑な顔をした。「すごい行列だから、旦那様の仕事の妨げになる」と言うが、「何事も勉強だ」と押し切った。
特権ショップで、彼らのためらいの理由が分かった。店には一般の食料品店では絶対にお目にかかれない上質の肉が、多量にあった。二人はそこで、月給分にもなろうかという、大量の肉・・・