本に遇う 第268話
皇帝はストーカーだ
河谷 史夫
2022年4月号
コロナウイルスで日常の行動が制限されて足かけ三年になる。こんな晩年が来るとは思いもしなかったが、こんどは戦争である。
毎朝、新聞を広げて、ロシアがウクライナをどのくらい侵略したかを地図上で確かめ、それから地方版を繰って、わが町の感染者がきのうは何人だったかを見る。そして、こんなことになるとはね、と独りごちるのだ。「独りごちる」とは、ロシアの小説を読んでいて初めて知った表現だった。
近所にウクライナ人の奥さんが住んでいた。ふくよかな体つきをふわりとした衣に包み、若いころは美人だったろうと思わせた。犬を連れて歩く彼女がターニャさんと知り、「ロシア?」と聞いたら、「ノー、ウクライナ」と断固として言った。「ロシア、ダイキライ。ダカラ、キタ、ニホンニ」。
ウクライナに駐在していた日本人技術者と知り合って結ばれたのだという。美術学校を出たとかで油絵を描いていた。地元の芸術展に出したら「ニューセンシタ」と大喜びだった。「キレイ」な着物の図柄に惹かれ、手に入れた古い和服をほどきワンピースに仕立てて着ていた。「ニホン、ダイスキ」とよく口にしていた。
夫の・・・
毎朝、新聞を広げて、ロシアがウクライナをどのくらい侵略したかを地図上で確かめ、それから地方版を繰って、わが町の感染者がきのうは何人だったかを見る。そして、こんなことになるとはね、と独りごちるのだ。「独りごちる」とは、ロシアの小説を読んでいて初めて知った表現だった。
近所にウクライナ人の奥さんが住んでいた。ふくよかな体つきをふわりとした衣に包み、若いころは美人だったろうと思わせた。犬を連れて歩く彼女がターニャさんと知り、「ロシア?」と聞いたら、「ノー、ウクライナ」と断固として言った。「ロシア、ダイキライ。ダカラ、キタ、ニホンニ」。
ウクライナに駐在していた日本人技術者と知り合って結ばれたのだという。美術学校を出たとかで油絵を描いていた。地元の芸術展に出したら「ニューセンシタ」と大喜びだった。「キレイ」な着物の図柄に惹かれ、手に入れた古い和服をほどきワンピースに仕立てて着ていた。「ニホン、ダイスキ」とよく口にしていた。
夫の・・・