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連載

現代史の言霊  第48話

四月の条約 -化学兵器禁止条約発効(一九九七年四月)-
伊熊 幹雄

2022年4月号

《ロシアは自国の違法行為を他人の仕業と言い張る国だ》
リンダ・トーマス グリーンフィールド(米国連大使)

 ロシアが誕生して間もない、一九九二年九月のことだ。米紙「ボルチモア・サン」のモスクワ支局を、二人の男性が訪ねてきた。
 一人はレフ・フョードロフ。化学の博士号を持つ研究者だ。彼は一九八〇年代に、ダイオキシン汚染の告発を始めた。ミハイル・ゴルバチョフ大統領時代の自由化の中で、すっかり活動家に転身し、ソ連の化学兵器といった、タブー領域に切り込んだ。在モスクワの記者たちの間では有名人だった。
 フョードロフは、おだやかな顔立ちの化学者を連れてきた。
 ビル・ミルザヤノフという。タタール族の名門の出身で、大きな額は、いかにも聡明そうだ。二人が支局を訪れたのは、ウィル・エングランド特派員が以前から、環境破壊や化学兵器の問題を書いてきたからだ。ネタ元はもちろん、フョードロフだった。
米露「禁止」合意の裏で開発継続
 二人は衝撃の暴露を行った。ソ連時代に行われた化学兵器開発が、新・・・