大往生考 第27話
あえて選ぶ“悪いがん治療”
佐野 海那斗
2022年3月号
『悪いがん治療』(晶文社)という新刊書を読んだ。ヴィナイヤク・プラサードという米カリフォルニア大学サンフランシスコ校の疫学・統計学の准教授を務める医師が書いたものだ。製薬企業と医師の利益相反ががん治療を歪め、効果が期待できない高額な薬が投与されている米国の実態が紹介されていた。著者の主張はもっともで、程度の差こそあれ、日本でも同じようなことが繰り返されていることは想像に難くない。
ただ、私はこのような一面的な見方には賛同できない。患者は無知だから、利益を優先する製薬企業と、学界での栄達を望む医師に騙される―、とは限らないからだ。多くの患者は、自分なりに考え、あえて『悪いがん治療』を選択していることが少なくない。最近、そのように考えるケースに直面した。
その患者は五十代後半の男性だった。肺がんと診断され、妻と共に私の外来にやってきた。私は肺がんの専門医ではないが、私と患者の共通の知人が、私の意見を聞くことを勧めたそうだ。
患者と妻は、大学の同級生で、経済学部の同じゼミに所属していた。在学中から付き合い始め、卒業と同時に結婚した。患者は大手銀行に就職。妻・・・
ただ、私はこのような一面的な見方には賛同できない。患者は無知だから、利益を優先する製薬企業と、学界での栄達を望む医師に騙される―、とは限らないからだ。多くの患者は、自分なりに考え、あえて『悪いがん治療』を選択していることが少なくない。最近、そのように考えるケースに直面した。
その患者は五十代後半の男性だった。肺がんと診断され、妻と共に私の外来にやってきた。私は肺がんの専門医ではないが、私と患者の共通の知人が、私の意見を聞くことを勧めたそうだ。
患者と妻は、大学の同級生で、経済学部の同じゼミに所属していた。在学中から付き合い始め、卒業と同時に結婚した。患者は大手銀行に就職。妻・・・