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経済

トヨタ「中国違法製品」調達の売国

日本製鉄を足蹴にした「章男の驕慢」

2021年11月号公開

「お願いだから訴訟はやめてくれないか」
 日本製鉄がトヨタ自動車と中国・宝山鋼鉄を相手にした訴訟を発表する十月十四日の数日前のこと。トヨタの早川茂副会長が日鉄の橋本英二社長に懇願した。だが橋本社長の顔は「何をいまさら」と言わんばかりに冷めていた。当初は日鉄側にトヨタと事を構えるつもりはなく、攻撃の矛先は宝山だったという。日鉄の態度を硬化させたのは、トヨタの誠意なき対応だった。
 日鉄は二年ほど前に宝山製の無方向性電磁鋼板がトヨタ車に採用されているとの情報をキャッチ。何台ものトヨタ車を購入して分解し、使用されている鋼板を徹底的に調べ上げた。その結果「特許を侵害していることは間違いない」との調査結果が、橋本社長ら経営陣に報告される。日鉄は今年に入ってから何度も特許侵害の是正を申し入れた。が、トヨタはのらりくらりとかわすばかり。
 担当役員の協議でもトヨタは歩み寄りをみせず、交渉は難航。日鉄はトップ会談での話し合いを求めて章男社長に何度も書簡を送ったが、それも梨のつぶて。日鉄首脳は「章男は我々をなめているのか!それとも側近が手紙を握りつぶしているのか?」とイライラを募らせた。一向にらちがあかないことにしびれを切らした日鉄が「本当に訴訟になってもいいのか」と最後通告を突きつけたが、それでもトヨタは動かない。
 トヨタから全く相手にされなかったことで、「トヨタは盗品を喜んで買う会社ということだ」(日鉄幹部)と怒りは沸点に達する。ついに橋本社長が「トヨタ依存を変える」と“脱トヨタ”を決断。「協議では問題の解決に至ることができなかったため、法的措置を講じて知的財産権の保護を図ることにした」(日鉄広報センター)。訴訟の情報を察知した早川副会長が橋本社長の元に駆けつけた時には、「すでに訴状も出来上がり、完全に手遅れだった」(専門紙記者)という。

中国の盗っ人にすり寄る章男

 トヨタ側にも「言い分」がある。日鉄が知的財産権違反の調査を開始した二年前、トヨタはハイブリッド車(HV)増産のため、日鉄に電磁鋼板の供給増を求めた。日鉄は増産を引き受けるための条件として電磁鋼板の値上げを要求。これにトヨタが「なぜ発注量を増やすのに値上げをのまなくてはいけないのか」と猛反発する。日鉄も必死だった。それまでのトヨタへの納入価格は赤字覚悟の安値だったが、電磁鋼板の市場価格は世界的な電気自動車(EV)シフトで上昇していた。
 日鉄は「値上げが認められなければ、供給量を減らさざるを得ない」とまで踏み込んだ。この時にトヨタ側出席者は「露骨な脅しだ」と怒り、同業他社への発注をほのめかす発言も飛び出す。日鉄は電磁鋼板では特許を押さえているため他社に出し抜かれない自信があり、強気の姿勢を崩さなかった。トヨタにとっては電磁鋼板がなければ自社の生命線であるHVの生産に支障が出るため、渋々ながら値上げを受け入れている。
 この値上げ交渉での確執が、宝山から無方向性電磁鋼板を調達する引き金になったとみられている。トヨタの内情に詳しい専門紙記者は「先端素材を長年の調達先である日鉄から、知財で真っ黒な宝山へ切り替えるというハイリスクな決断を下せるのは章男社長だけだ。トヨタが日鉄のメンツ丸つぶれの無礼な対応を続けたのも、章男社長の指示だと考えればつじつまが合う。日鉄との関係がこじれると、生産に支障が出る。調達担当者どころか役員だって、そんな危ない橋は渡れない」と指摘する。
 トヨタが宝山製の電磁鋼板を使用していると判明した時、日鉄側に「交渉でトヨタが言及した、安い同業他社への発注をしてみせたということか」との疑念がよぎったという。日鉄幹部は「安いからといって特許侵害の中国製品を買うのか? わが社とトヨタは同じ日本企業であり、盟友ではなかったのか」と憤る。さらに訴訟発表を受けたトヨタの反応が、日鉄の怒りの火に油を注いだ。
 トヨタは訴訟発表の同日に「本来、材料メーカー同士で協議すべき事案であると認識しており、弊社が訴えられたことについては、大変遺憾に感じております」とのコメントを発表した。あたかも「無関係なトヨタが日鉄からスラップ訴訟を起こされた」と言わんばかり。加えて「調達時に侵害がないことは(宝山に)確認済み。(日鉄の訴訟は)大変残念に思います」と開き直り、日鉄幹部は「我々の主張よりも盗っ人の言うことの方が正しいというのか」と激怒した。ある日鉄幹部は「結局、章男社長は我々を軽視している。宝山が特許侵害したことよりも、日本のトップ企業の姿勢の方がショックは大きい。トヨタにいびられてきた下請けの気持ちが痛いほどよく分かる」と真情を吐露する。

経済安全保障よりコスト削減

 トヨタ側も「情報操作」に必死だ。トヨタ関係者をメディア各社と接触させ、「トヨタが素材メーカーの特許違反を、自社で検証するなど不可能」「サプライヤーの特許侵害は、サプライヤー間で解決すべしという契約項目があり、訴訟を起こしたところで勝てない」といった自社に有利な情報を発信しているのだ。しかし、いずれも的はずれな反論のようだ。「トヨタは部品や素材を徹底的に調査して、問題があれば直ちに改善を申し入れる体制となっている。宝山の電磁鋼板についても、先発品の特許を侵害していないかどうか自社でチェックしたはず。知らなかったはありえない。それに契約がどうだろうと、特許侵害は違法。そうした契約でにらみが利くのは泣き寝入りしてくれる下請けぐらい。訴訟に持ち込まれた以上、トヨタが圧倒的に不利だ」と、前出の専門紙記者は指摘する。
 トヨタには、さらなる逆風も吹く。今回の衆院選で論点の一つとなっている「経済安全保障」である。特に問題視されているのが、中国企業による知的財産の盗用。日本の先端技術が中国へ漏洩したり、日本の安価な同等品で先進国メーカーのシェアを奪ったりして、外国産業の弱体化を招く行為だ。今回の訴訟は、まさに日本の経済安全保障問題そのもの。
 しかも、その片棒を担いでいるのが日本を代表する大企業のトヨタだ。無名の会社がコソコソと違法知財製品を買っているのとは重みが違う。トヨタが知的財産権を無視した素材を調達するということは、「日本は知財でやりたい放題できる国」と宣言しているのと同じと言ってもいい。宝山が「あのトヨタからお墨付きをもらった電磁鋼板ですよ」と言えば、何の疑いも持たずに買い付ける企業も出てくるだろう。章男社長が主導するトヨタのコスト削減は、まさに「売国」の域に入ったのである。


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