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連載

大往生考 第25話

旅立つ母が遺したもの
佐野 海那斗

2022年1月号

 二〇二一年末に、大学生時代からお世話になっていた方が亡くなった。
 八十代の女性だ。二十年ほど前に大動脈弁閉鎖不全症と診断され、都内の病院の循環器内科にかかっていた。心臓の負担を減らすべく、複数の降圧剤や利尿剤が処方されていたが、大動脈弁閉鎖不全症は徐々に進行し、心不全で入院することもあった。
 入院が決まると、女性は「今度入院することになったの。大丈夫かな」と筆者に電話してきた。一通り説明すると、安心して電話を切る。女性と私には、長年の付き合いで築かれた信頼関係があった。なにより私は、この女性に思慕の念を抱いていた。
 私が女性と出会ったのは四十年近く前だ。都内の医学部に合格し、地方から上京してきた私は、アルバイトを探していた。高校時代に父を亡くした私は、母の収入だけに頼る訳にいかなかった。知人からの紹介で、この女性の息子の家庭教師を依頼された。私にとって、初めてのアルバイトだった。自宅を訪問したのは秋口の頃だった。西武池袋線の郊外の駅から十分ほどのマンションに住んでいた。夫はテレビ局に勤め、大学受験を目指す長男の下に中学三年生の弟と小学生の妹がいた。・・・