菅の側近「転落ドミノ」の不気味
不祥事・失脚・自滅で消える「手駒」たち
2021年8月号公開
長い自民党政権の歴史において、菅義偉氏は無派閥で首相になった初めてのリーダーだ。党内基盤の弱さは言うまでもなく、それ以上に深刻な欠点であることが分かってきた。ただでさえ孤独な一国のリーダーが、安定的な仲間もなく最高権力の座にいると、絶対的孤立状態へ陥っていくからだ。東京五輪や新型コロナ対策の迷走を見れば、菅氏はすでに重大過誤のスパイラルにはまっている。負けの込んだ賭博師がますます強気を高じさせるのにも似た「ひとりぼっち症候群」の典型的症状だ。
派閥の代わりに菅氏が頼ったのは、初当選同期グループ(佐藤勉自民党総務会長ら)、地元を同じくする「神奈川三郎」トリオ(河野太郎ワクチン担当相、小泉進次郎環境相、小此木八郎前国家公安委員長)、官房長官時代から無派閥議員をひそかに囲い込んできた「隠れ菅グループ」(坂井学官房副長官ら)。いずれも主要メンバーを昨年秋の組閣・党人事であからさまに重用した。ところが就任から一年足らずで、三グループとも早々と自壊もしくは自然消滅の瀬戸際に瀕している。それも菅氏を支え権力にあやかろうとした側近たちが、次々に失脚その他で中央政界を去っていく。
転落ドミノの不気味さに、縁起を担ぐ迷信深い永田町住人たちは「尋常じゃない。菅氏に近づいて出世の見返りに忠誠を誓うと、魂を抜かれるのと違うか。この政権は呪われているぞ」と声を潜める。菅氏は「疫病神か悪魔の相」を秘めているのであろうか。
議員も官僚も道を踏み外す
不祥事で議員辞職したのは三人。「菅グループ」幹部だった河井克行元法相(懲役三年の実刑判決、控訴中)と菅原一秀元経済産業相(公民権停止三年の略式命令確定)の事件が発覚したのは安倍晋三政権の時だが、そもそも菅氏が近い将来の政権取りを見越して破格の閣僚ポストに押し込んだ。二人には選挙を巡るカネの噂が以前からあった。それを承知で、恐らく権勢の威光で立件を蹴散らせると踏み、ゴリ押しした。裏返すと、永田町で札付きの二人は、菅氏にぶら下がって政界での活路を開くしかなかった。菅氏も二人の捨て身を当てにした。ボロを出すのは時間の問題だったとも言えるし、そうなった時は切り捨てる条件で取り立てたとも言える。
もう一人は、「同期グループ」の吉川貴盛元農林水産相(収賄罪で在宅起訴)。選挙に弱く当選回数も少ない。弱みがあるからこそ菅氏に頼ったのは前の二人と一緒だ。元々商工族だったのに第二次安倍内閣で農水副大臣に起用されて専門を変更。「菅氏が小泉党農林部会長や改革派の農水事務次官を旗振り役に農政改革に力を入れた頃、農水族の吉川氏が菅氏の意向を受けて動いた。それ以来、連続当選。実力者に直訴して北海道連会長にもなり、業界との関係も接近していった」(農水族議員)。昨年の自民党総裁選では菅選対事務局長。菅氏の「手駒」となって破滅したパターンだが、菅氏が首相になるまでの踏み台としては重宝した。菅氏にとって、もう利用価値はなくなっていたのなら、それは政界にありがちな自滅だったのか、巧妙な厄介払いだったのか。
吉川氏は河井元法相と妻、河井案里元参院議員(懲役一年四カ月執行猶予五年)の結婚式の司会を務めた。もちろん菅氏も出席し、さながら「ファミリー」のドンと鉄砲玉たちの宴である。案里氏はある取材で「私は権力闘争のおもちゃ」と自嘲した。誰のおもちゃと言いたかったのだろう。
取り巻き議員は素性が悪かったとしても、官僚たちまで堕落するのは何故か。菅官房長官は脅し紛いの人事権を駆使して霞が関に「子飼い」を多数配置してきた。「菅支配」のあおりで順当な出世から排除された役人は数知れない。踏み台でも、そこまではよくある。「菅ファミリー」の特徴は、取り立てられた官僚たちも吏道を踏み外す転落者が後を絶たない異常さだ。女性官僚の出世の鑑だった山田真貴子元内閣広報官、情報通信行政で菅氏の腹心だった谷脇康彦元総務審議官ら、業者の高額接待に溺れた総務官僚たちが多数官界を追われた。業者側にいた菅氏の長男も勤務先で処分された。役人も長男も菅氏との縁で、天国から地獄へ人生が暗転した。一人一人が悪いのは無論だが、この不幸の連鎖は何の因果であろう。身近な人々だっただけに、何に感化されたら皆が皆までこうなるか。
悪魔の法則の「次の犠牲者」
脱落者が相次げば離反者が出ても不思議はない。大臣・衆院議員の職をなげうって横浜市長選に出る小此木氏の転身は政界を驚かせた。菅氏も寝耳に水だったというのは眉唾で、その後「想定していたはずだ。むしろ小此木氏に泥をかぶせたようなもの」(地元市議)との見方が有力になっている。
その前に菅氏は現在三期の林文子市長(七五)を官邸に呼び言い含めた。「自民党は支持できないから次は出ない方がいい」。林氏は出るが、自民党にも候補がいない以上、市議たちが小此木前県連会長に出馬を迫る流れは予期できた。問題は、菅氏が推進してきたカジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致。今さら推進の旗を降ろせない林氏に対し、小此木氏は地元有力者に同調して反対論を掲げる。「実は菅氏もIRは諦めている。五輪・コロナ・衆院選に追われ、横浜市長選やIRどころではないのが本音。でも、ここまで付いてきた後援者の手前、さすがに自分が宗旨替えとは言えない。小此木氏がIR反対で尻拭いしてくれるなら好都合だ」(前出市議)というのだ。菅氏と小此木氏は親の代からの恩義が絡む間柄だが、最後は打算が優先した。小此木氏の後任閣僚は、「同期グループ」の棚橋泰文氏が埋めた。
それにしても地元市長選すらままならないとは情けない。それどころか菅首相になってから各種選挙で自民党は保守分裂などの苦戦・敗北が続く。昨年十一月の鹿児島市長選、今年に入り岐阜・山形県知事選、北九州市議選(一月)、千葉県知事・市長選(三月)、秋田・福岡県知事選(自民推薦が勝ったが、候補者調整や舞台裏で菅氏が面目を失した)、衆参三選挙区補選・再選挙(四月)、静岡県知事選(六月)、東京都議選、兵庫県知事選(七月)。選挙に弱すぎる。
それなのに都議選後、「同期グループ」の山口泰明党選対委員長は、元菅事務所秘書の次男に世襲させるため次期衆院選での引退を表明。全党が無責任さに呆れる。お人好しと定評ある山口氏に選対は無理というのが常識だったが、菅氏は総裁選の選対事務総長だった功労に報いようと党三役に次ぐ役職に就けた。「選挙をなめている」(党長老)。菅氏に近づくと転落する悪魔の法則。次に憂き目を見るのは河野氏か小泉氏か。全党挙げてすり寄った自民党も無事でいられる保証はない。
派閥の代わりに菅氏が頼ったのは、初当選同期グループ(佐藤勉自民党総務会長ら)、地元を同じくする「神奈川三郎」トリオ(河野太郎ワクチン担当相、小泉進次郎環境相、小此木八郎前国家公安委員長)、官房長官時代から無派閥議員をひそかに囲い込んできた「隠れ菅グループ」(坂井学官房副長官ら)。いずれも主要メンバーを昨年秋の組閣・党人事であからさまに重用した。ところが就任から一年足らずで、三グループとも早々と自壊もしくは自然消滅の瀬戸際に瀕している。それも菅氏を支え権力にあやかろうとした側近たちが、次々に失脚その他で中央政界を去っていく。
転落ドミノの不気味さに、縁起を担ぐ迷信深い永田町住人たちは「尋常じゃない。菅氏に近づいて出世の見返りに忠誠を誓うと、魂を抜かれるのと違うか。この政権は呪われているぞ」と声を潜める。菅氏は「疫病神か悪魔の相」を秘めているのであろうか。
議員も官僚も道を踏み外す
不祥事で議員辞職したのは三人。「菅グループ」幹部だった河井克行元法相(懲役三年の実刑判決、控訴中)と菅原一秀元経済産業相(公民権停止三年の略式命令確定)の事件が発覚したのは安倍晋三政権の時だが、そもそも菅氏が近い将来の政権取りを見越して破格の閣僚ポストに押し込んだ。二人には選挙を巡るカネの噂が以前からあった。それを承知で、恐らく権勢の威光で立件を蹴散らせると踏み、ゴリ押しした。裏返すと、永田町で札付きの二人は、菅氏にぶら下がって政界での活路を開くしかなかった。菅氏も二人の捨て身を当てにした。ボロを出すのは時間の問題だったとも言えるし、そうなった時は切り捨てる条件で取り立てたとも言える。
もう一人は、「同期グループ」の吉川貴盛元農林水産相(収賄罪で在宅起訴)。選挙に弱く当選回数も少ない。弱みがあるからこそ菅氏に頼ったのは前の二人と一緒だ。元々商工族だったのに第二次安倍内閣で農水副大臣に起用されて専門を変更。「菅氏が小泉党農林部会長や改革派の農水事務次官を旗振り役に農政改革に力を入れた頃、農水族の吉川氏が菅氏の意向を受けて動いた。それ以来、連続当選。実力者に直訴して北海道連会長にもなり、業界との関係も接近していった」(農水族議員)。昨年の自民党総裁選では菅選対事務局長。菅氏の「手駒」となって破滅したパターンだが、菅氏が首相になるまでの踏み台としては重宝した。菅氏にとって、もう利用価値はなくなっていたのなら、それは政界にありがちな自滅だったのか、巧妙な厄介払いだったのか。
吉川氏は河井元法相と妻、河井案里元参院議員(懲役一年四カ月執行猶予五年)の結婚式の司会を務めた。もちろん菅氏も出席し、さながら「ファミリー」のドンと鉄砲玉たちの宴である。案里氏はある取材で「私は権力闘争のおもちゃ」と自嘲した。誰のおもちゃと言いたかったのだろう。
取り巻き議員は素性が悪かったとしても、官僚たちまで堕落するのは何故か。菅官房長官は脅し紛いの人事権を駆使して霞が関に「子飼い」を多数配置してきた。「菅支配」のあおりで順当な出世から排除された役人は数知れない。踏み台でも、そこまではよくある。「菅ファミリー」の特徴は、取り立てられた官僚たちも吏道を踏み外す転落者が後を絶たない異常さだ。女性官僚の出世の鑑だった山田真貴子元内閣広報官、情報通信行政で菅氏の腹心だった谷脇康彦元総務審議官ら、業者の高額接待に溺れた総務官僚たちが多数官界を追われた。業者側にいた菅氏の長男も勤務先で処分された。役人も長男も菅氏との縁で、天国から地獄へ人生が暗転した。一人一人が悪いのは無論だが、この不幸の連鎖は何の因果であろう。身近な人々だっただけに、何に感化されたら皆が皆までこうなるか。
悪魔の法則の「次の犠牲者」
脱落者が相次げば離反者が出ても不思議はない。大臣・衆院議員の職をなげうって横浜市長選に出る小此木氏の転身は政界を驚かせた。菅氏も寝耳に水だったというのは眉唾で、その後「想定していたはずだ。むしろ小此木氏に泥をかぶせたようなもの」(地元市議)との見方が有力になっている。
その前に菅氏は現在三期の林文子市長(七五)を官邸に呼び言い含めた。「自民党は支持できないから次は出ない方がいい」。林氏は出るが、自民党にも候補がいない以上、市議たちが小此木前県連会長に出馬を迫る流れは予期できた。問題は、菅氏が推進してきたカジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致。今さら推進の旗を降ろせない林氏に対し、小此木氏は地元有力者に同調して反対論を掲げる。「実は菅氏もIRは諦めている。五輪・コロナ・衆院選に追われ、横浜市長選やIRどころではないのが本音。でも、ここまで付いてきた後援者の手前、さすがに自分が宗旨替えとは言えない。小此木氏がIR反対で尻拭いしてくれるなら好都合だ」(前出市議)というのだ。菅氏と小此木氏は親の代からの恩義が絡む間柄だが、最後は打算が優先した。小此木氏の後任閣僚は、「同期グループ」の棚橋泰文氏が埋めた。
それにしても地元市長選すらままならないとは情けない。それどころか菅首相になってから各種選挙で自民党は保守分裂などの苦戦・敗北が続く。昨年十一月の鹿児島市長選、今年に入り岐阜・山形県知事選、北九州市議選(一月)、千葉県知事・市長選(三月)、秋田・福岡県知事選(自民推薦が勝ったが、候補者調整や舞台裏で菅氏が面目を失した)、衆参三選挙区補選・再選挙(四月)、静岡県知事選(六月)、東京都議選、兵庫県知事選(七月)。選挙に弱すぎる。
それなのに都議選後、「同期グループ」の山口泰明党選対委員長は、元菅事務所秘書の次男に世襲させるため次期衆院選での引退を表明。全党が無責任さに呆れる。お人好しと定評ある山口氏に選対は無理というのが常識だったが、菅氏は総裁選の選対事務総長だった功労に報いようと党三役に次ぐ役職に就けた。「選挙をなめている」(党長老)。菅氏に近づくと転落する悪魔の法則。次に憂き目を見るのは河野氏か小泉氏か。全党挙げてすり寄った自民党も無事でいられる保証はない。
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