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連載

大往生考 第21話

「手遅れ」が残す深い傷
佐野 海那斗

2021年9月号

 棄民―と言われても仕方ないだろう。病床逼迫に悩む政府は、コロナ中等症以下の患者を自宅療養とした。この対応は、人為的に患者を「手遅れ」にする悪政だ。手遅れという事態は、患者にも家族にも深い傷を残す。
 研修医だったその昔、筆者は腹痛で入院となった六十代の男性患者を指導医とともに担当した。患者は、筆者が入局を予定していた内科医局OBの義弟にあたり、その紹介状を携えてやってきた。診察すると、下腹部に軽度の圧痛を訴えるものの、他は従来患っていた関節リウマチのため、手指が若干変形しているだけで、特記すべき所見はなかった。
 私が研修医をしていた一九九〇年代前半、大学病院にも経営改善が求められるようになっていた。病床稼働率を高めるため、軽症の患者がしばしば入院してきた。この患者は、その典型例だと感じた。
 事態が変わったのは、入院時に撮影した腹部X線写真が病棟に届いたときだ。指導医が「フリーエアがありそうだ」とコメントした。フリーエアは消化管穿孔の存在を意味する。放置すれば腹膜炎を起こし、敗血症で死亡する。抗生物質を中心とした内科治療で回復することもあるが、多くは開・・・